週刊「儲け創り」通信

〜創刊47号 2004年6月27日

発信人 株式会社 船井総合研究所 第三経営支援本部 

チーフ 経営コンサルタント(儲け創り人)望月 隆之

この週刊「儲け創り」通信は、船井総合研究所の望月隆之が、経営者、ならびに経営幹部の皆様に、【高い顧客価値&満足(の創造)⇒高い粗利益(の創造)⇒高い社員価値&満足(の創造)】⇒高い企業価値&満足(の創造)⇒高い投資家価値&満足(の創造)という「善循環」をまわし続けるためのヒント・コツ・秘訣・勘所をお伝えしていくものです。

 

 


今週の「儲け創り」のヒント

 

「真の経営者」

=真のリーダー=真のエリート

 

 1945年の敗戦以後、日本経済は、世界史上、類のない復興を遂げました。1970年代後半までのキャッチアップ(=欧米に追いつきたい。=最低限の衣食住を満たせる商品(モノ)を手に入れたい。)は、本当に見事なものでした。そして、その奇跡的な復興は、おそらく、明治の終わりから、大正、昭和のはじめに生まれた人々が中心になって成し遂げられたものだと思います。そして、それは、おそらく、真のエリート教育や、真のリーダー教育があったことの成果だと思います。もちろん、基本的な考え方として、非常にわかりやすく、単純な「キャッチアップ」というコンセプトがあったことも追い風であったと思われます。

 それに対して、「失われた10年」等と呼ばれるバブル崩壊以降、もしくは、1980年代後半からの日本経済の「テイタラク」は、一体、なぜ、起きてしまったのでしょうか?その原因については、様々なアプローチが考えられますが、その中の大きなひとつの原因に「キャッチアップ」に代わる経済や、国家のコンセプトもしくは目標が不在であったことがあげられると思います。1980年代後半からの「キャッチアップ」に代わる経済もしくは国家のコンセプトまたは、目標は、村上龍氏が言うように「ひとりひとりの日本人が、それぞれに見つけること」だと私も思います。しかし、残念ながら、まだまだ、現在の日本人は、そのことに耐えられない(目に見える表面的なことではなく、目に見えない本質的な部分で自分らしく生きることを考えることが怖い、もしくは面倒、もしくは考えたこともない)ようです。「ひとりひとりの日本人が、それぞれに見つけること」とは、まさしく、きちんとした「人生哲学」を持って生きることが求められているにもかかわらず、そのような、きちんとした(=実質のある)「人生哲学」を持って生きている人のほうが圧倒的に少ないのが、残念ながら、現在の状況でしょう。もちろん、(若い人を中心に)そうでなくなりつつあるというか、そうでなければ生きていけなくなりつつある(=相手にされない)というか、そんなところが現在の状況といえるでしょう。

経営者であれば、リーダーであれば、エリートであれば、きちんとした人生哲学を持っていて当たり前、もしくは、「人生哲学」を持っていることが経営者やリーダーやエリートの必要条件だと思うのですが、どうもそうでもないようです。何よりの証拠に「経営理念」を持たずに経営できると考えている、もしくは、既に行っている経営者がまだまだ多いからです。人生を生きていく上で「人生哲学」無しに生きていけると思っている人は、決して、経営を行う上で「経営理念」が必要だとは思わないでしょう。雪印や、日本ハムや、三菱自動車の事件をニュースで見て、知ってはいても、その問題の本質を捉えることが出来ないので、もしくは、自社の問題として捉えることが出来ないので、浅田農産の経営者のように、獄中に入るまで、もしくは、入ってしまった後でも理解できないのでしょう。長期的な業績向上のためにはもちろんのこと、目先の業績向上のためにも、「人生哲学」なくして充実した人生はおくれないのと同様に、「経営理念」が必要なのです。

 

なぜ、企業の経営をしているのでしょうか?

 

この問いに答えられない経営者は、経営者とは呼べないでしょう。もちろん、経営者と呼べない経営者の方が圧倒的に多いことも事実ですが。そういう経営者のところには、本当に優秀な「人財」は、行きません。それなりの「人材」もしくは、「人罪」しか行きません。「いまどきの若い者は・・・」とか、「我が社のような規模の小さい会社には・・・」などという前に、ないものねだりをする前に、自らの経営姿勢や、人生に対する姿勢を問い直すべきでしょう。

 

 上記のようなことを考えていましたら、「日本企業は概して状況適応力には長けていますが、パラダイム変換期に必要となる、全体像を把握して根本的に仕組みを見直す能力は劣っています。日本企業がこの十数年苦しんできたのも、ひとつにはこのためです。(UFJ総合研究所理事長 多摩大学学長 中谷 巌氏 日本経済新聞6月23日朝刊の広告より)」とのお言葉。私が最も尊敬する経営学者の一人である中谷先生が、上記のようにおっしゃっています。しかし、「パラダイム変換期に必要となる、全体像を把握して根本的に仕組みを見直す能力」というのは、まさに経営者に求められる必要十分条件でしょう。つまり、中谷先生のお言葉は、わかりやすくいえば、日本の企業には、経営者もどきは存在するが、経営者は、ほとんど、存在しないということでしょう。まあ、この間の三菱自動車の経営者や、三菱グループの経営者の発言を聞いていれば、経営者もどきがほとんどであるということはよく理解できます。つまり、日本の企業の経営者は、真のエリートでもなく、真のリーダーでもなく、真の経営者でもない「中間管理職のあがりとしての経営者」がほとんどだということでしょう。だから、「パラダイム変換期に必要となる、全体像を把握して根本的に仕組みを見直す能力」を持っていないのは当たり前のことなのです。中間管理職になるべくして生まれ、育てられた人間が、その「あがり」として経営者をやるからおかしなことになるということではないでしょうか。(その原因は、敗戦後の教育にあるというのは、考えすぎでしょうか?真のエリート教育、真のリーダー教育が、今、最も必要なのではないでしょうか。そのうえで、真の経営者教育が必要なのは申し上げるまでもないことでしょう。出る杭に対して、嫉妬心から足を引っ張るのではなく、日本人全員で育てる気持ちを持つことが必要なのではないでしょうか。企業経営だけでなく、国家経営においても)中谷先生は、先程の文章でこう続けます。「目先の小さな実利にこだわったり、現場の利害調整にエネルギーを浪費することなく、リーダーが理念を持って臨めば、日本企業は世界に例のない強さを発揮すると希望を持っています。」

 さすが!中谷先生!と思っていたら・・・ナレッジマネジメントの第一人者であり、やはり、私が最も尊敬する経営学者の一人である野中郁次郎氏(一橋大学大学院教授)が、最新の著作「イノベーションの本質(日経BP社)」で、このようにお話をされています。「日本のミドルは優秀だ。画期的な商品やサービスは、トップを説得し、部下を巻き込んだ課長、部長クラスの手柄だった。」そうなんです。実は、日本企業は、ミドルの優秀さによって支えられているのです。NHKの人気番組「プロジェクトX」に出てくる話のほとんどが、実は、優秀なミドルのお話ですから。これはこれで良いことなのですが、今、日本企業に最も求められているのは、真の経営者、真のリーダー、真のエリートしか持ち得ない「全体像を把握して根本的に仕組みを見直す能力」なのです。それは、ミドルのあがりの経営者では出来ないことです。真の経営者、真のリーダー、真のエリート不足の日本、そして、日本企業。優秀な経営者の方々が、教育に関心を持ち、実際に学校経営に乗り出される事例が増えてきているのも、このあたりのことがその理由ではないでしょうか?出でよ!真の経営者!

 

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