ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 144

☆ ジェームス・ボンドの愛車☆

2007.04.03号  


イギリスの高級自動車メーカーであるアストン・マーチンが、名実ともにイギリスに戻ることになった。これまで英自動車メーカーは、ブランド力があっても規模が小さいために次々と買収された経緯がある。1986年にロータスの株式58%を米・GMが取得。87年にアストン・マーチンを米・フォードが買収。89年にもジャガーをフォードが買収した。
93年にはロータスをイタリアのブガッティが買収。94年にローバーをBAeとホンダから独・BMWが買収。96年にロータスをマレーシアのプロトンが買収。98年にロールス・ロイスをBMWが買収。00年にローバーのミニとランドローバーを除いて、英投資家グループが僅か10ポンドで、BMWから買収して、唯一英国資本メーカーとして残っていたが、
05年に中国・南京汽車に買収された。これにより英国資本の車は皆無となっていた。
アストン・マーチンは英国中部にあるゲイドンに本社・工場を持つが、87年以来フォードが資本を持っていたため、純粋な英国自動車メーカーとして認知されていなかった。
312日、英国でレーシングチームなどを運営するデビッド・リチャーズを中心とする投資家グループは、フォードからアストン・マーチンを買収する事で合意した。
買収額は47900万ポンド(1080億円)で、フォードは4000万ポンド相当の株式を引き続き所有する。会長にはリチャーズが就任し、クェートの投資会社であるインベストメント・ダールとアダム・インベストメントなどが追加投資に応じる予定だという。

英国の自動車アナリストの間では「高級車としてのブランド力を考えるなら資本も含めて、唯一の英国自動車メーカーとした方が効果的な展開ができる」として歓迎している。
フォードの持株やクェート資本の導入があるにせよ、英国人でレーシングチームを運営するリチャーズが前面に立つ戦略は、英国人の間では評価されているようだ。
アストン・マーチンの06年の販売台数は7010台で、05年の4400台に比べると大幅に販売台数を伸ばしている。今年も昨年と同水準の販売計画を立てているが、資本も英国に復帰したことでブランド力も高まり、販売台数が更に伸びる可能性が高いと伝えられている。
昨年夏にフォードがアストン・マーチン売却の方針を発表して以来、興味を示したのはフランスの高級ファッション・ブランド最大手のLVMHモエ・ヘネシー・ルイヴィトンなど、ブランド力を狙った案件ばかりだった。
アストン・マーチンは人気のスパイ・アクション映画「007シリーズ」で、諜報部員ジェームス・ボンドが乗る「ボンド・カー」として何度も登場している。06年公開の「カジノ・ロワイヤル」にも登場し、人気が急上昇するとともに販売を後押ししたと云われる。
主力モデルは一台2000万円以上もする超高級車であるが、強力なブランドを全面に出した展開をすれば、自動車メーカーの新しいビジネスモデルになる可能性を秘めている。

007シリーズ3作目『ゴールドフィンガー』で、さまざまな秘密兵器が搭載されたアストン・マーチンDB5(DP216-1プロトタイプ)が、ボンド・カーとして初登場し、映画ファンを楽しませてくれた。主な装備は、機関銃、フランス・イギリス・スイスのナンバーに可変するプレート、ナビシステム、スピンナー、せり出し式防弾装甲、携帯発信器ホーマーの受信が240㎞可能な装置、煙幕、助手席を噴射で飛ばす装置、攻撃用バンパーガード、運転席の下に格納された武器など、目を見張る演出の連続だった。
その後の作品でも『サンダーポール作戦』はDB5が使用された。『女王陛下の007』ではDBS。『リビング・デイライツ』ではV8。『ダイ・アナザー・デイ』ではV12ヴァンキャッシュ。『カジノ・ロワイヤル』ではDBSが使用された。
ボンド・カーとしてはロータスやフォード・マスタング、ルノーも使用されたことがある。
BMWは『ゴールデンアイ』でBMW Z3、『ワールド・イズ・ノット・イナフ』ではBMW Z8が使用された。『トモロー・ネバー・ダイ』では秘密兵器搭載では初のセダン、BMW 750iLが使用され、この宣伝効果でBMW7シリーズの売上が伸びたと云われる。
因みにボンド・カーではなかったが、日本車では唯一トヨタ2000GTが『007は二度死ぬ』で、丹波哲郎演ずるタイガー田中が率いる日本諜報部の所有車として登場した。運転するのは若林映子演ずるアキだった。

アストン・マーチンの社名は、サーキットがおこなわれた地名から「アストン」、創業した技術者の人物名から「マーチン」をとって名付けられた。大戦後の一時期、実業家のデビッド・ブラウンが経営していたため、イニシャルの「DB」が車のモデル名に使われた。
59年にはル・マン24時間レースのペアで優勝したほか、同年のワールド・スポーツカー・チャンピオンシップを英国車として初めて獲得した。
70年代になりデビッド・ブラウンの企業グループは経営破綻し、経営権が多くの資本家の間を転々とする状態に陥った。87年に米・フォード傘下に納まり、その後フォードはデビッド・ブラウンを経営幹部として招聘した(現在は退任している)。こうして経営はようやく落ち着きを取り戻し、DB7以降の車種には再び「DB」のモデル名が使われた。
アストン・マーチンが今後の展開で最も不安なのが、部品調達と研究開発である。永年フォード傘下で基幹部品を始めとして、多くの部品を共通化してきた。今から部品調達を適正なコストで、将来に渡って独自展開するのは不可能に近い。フォード資本を残して関係を継続するのも、部品調達の道を維持する戦略と見られている。
環境対策についても欧州連合は12年までに、二酸化炭素排出量を1㎞走行あたり130g以下に抑制することを義務づけると発表。燃費効率の悪い高級車では達成が容易ではない。
環境対策の研究開発費は莫大で、自社だけで賄うのは困難と予想される。安全対策も含めてフォードの支援は欠かせないが、将来的なことは保証されている訳ではない。
トヨタがハイブリッド・システムを他社に供給する姿勢を見せていることと、基幹部品についても他社に供給する動きがある。これが実現すれば自社で研究開発に投資するよりも、トヨタから調達したほうがコスト面では遙かに効率がいい。
83年に倒産した名門二輪車メーカーの、トライアンフ・モーターサイクルも、日本の生産方式導入などで復活を遂げた。アストン・マーチンも日本の自動車メーカーとの提携に、活路をみいだす可能性は否定できず、ジェームス・ボンドの愛車の中身が、メイド・イン・ジャパンとなる日が来るかも知れない。




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