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ダンヒル(Alfred Dunhill ,Ltd.)はイギリスを代表する高級ファッションブランドである。創業者であるアルフレッド・ダンヒルは、1880年代から父が経営する家業の、馬具専門の卸売り会社で働くようになった。1900年代になり、新たに登場した自動車を見て、時代の流れを敏感に察知したアルフレッドは、馬車が主流であった交通手段が、自動車に代わることを予感した。自動車が普及すると、自動車に関するアクセサリーや旅行用品などが必要となる。これを自動車の愛好家達に提供するアイデアを思いついた。1893年に21歳で家業を受け継ぎ、自分の名前を冠した会社を設立し、新しいビジネスに挑戦した。ヘッドライトやホーン、野山を駆け巡るドライバーの実用品としてレザーのコート、全天候型のケースやトランク、毛皮のグローブから高度計まで、次々と新製品を開発した。「クルマ以外のものは総て」をモットーとして、多種の新製品を売り出すようになった。1903年にはドライバー用のゴーグル「ボビー(巡査)ファインダー」を発売した。これはスピード違反で捕まったアルフレッド自身が、警察への仕返しに売出した双眼鏡で「ジェントルマンに変装している警察さえも、ハーフマイル先から見つけだせる」と広告宣伝したというエピソードが残っている。1904年にはオープンカーで走行しても、雨風を凌げる「ウィンドシールド・パイプ」を発明した。1906年にはダンヒル社時計ビジネスの、契機となった「ダッシュボード・クロック」を販売。1912年の第一次大戦が勃発する前には、遊び心が高じて創業時のモットーに反し「ダンヒルトゥイーニー」を発売。「魅力的なギアを持つクルマ」として、110台の自動車を限定販売した。顧客の声に応えたヒット商品も多く、こうした努力やアイデアに溢れた遊び心のある商品が、自動車愛好家達の間で大評判となり、ダンヒルの名前は広く知れ渡るようになった。
創業時はオープンカーに乗る際に必要なコートや、小物類を販売して成功したが、自動車に屋根が付くようになると、取扱商品を葉巻や刻みタバコ、パイプ等を主力にした。1907年にはロンドンのジャーミン・ストリートに、初めてタバコ専門のブティックをオープンさせた。顧客の希望に合わせてブレンドしたタバコなどは大評判となった。1920年代になると、フタに象牙のメモ用紙が隠されたシガレット・ケース「コンペディウム・ケース」を発売。ライターやペンナイフ、ペンシルや裏にスタンプ用の仕切りがついた時計で構成されていた。試作品にコルマンのスタンダード缶を使い、二人の科学機器開発家と共同で、開発したライターは片手で簡単に操作でき、ライター市場に革命をもたらしたと云われる。戦争で片手を失った人達からは大好評を得た。1921年には英国王室の御用達も許された。第一次大戦後はアメリカにまで評判が届き、1923年にニューヨーク五番街に、初の海外店舗をオープンした。第二次大戦中にはロンドン市街も大きな被害を受けたが、アルフレッドは瓦礫の中でも営業を続けた。出来る限りのサービスをして、顧客を大事にするアルフレッドの、精神を示すエピソードである。ダンヒル・ブランドの成長と共に、一世紀以上に亘って発表されてきた数々のコレクション。画期的な創意工夫や遊び心のある楽しさ、製品の巧みな表現や品質の信頼性など、ダンヒル・スタンダードを確立してきた。喫煙道具、革小物、高級時計、ウェアーなど紳士モノに特化したアイテムを提案し続けている。ファッション性を重視する婦人モノとは違い、品質や使い勝手に妥協しない紳士モノを扱ってきた歴史は、紳士の必須アイテムでもある。“中年紳士がカジュアルなスタイルで高級車に乗り込む。手にはダンヒルのキーケース。腰にもダンヒルのベルトが巻かれ、さりげなくバックルが光を放つ”こんなシーンがおしゃれな紳士達の憧れなのだ。
ダンヒルでは過去に二冊の書物を残している。「パイプの本」(アルフレッド・ダンヒル著 梅田晴夫訳 1971年読売新聞社刊 原書は1924年刊)は、パイプメーカー・ダンヒルの面目躍如の本である。唯一のパイプ専門書としてバイブル的な著書でもある。残念ながら文体が難渋で初心者向けではないようだ。タバコの起源から喫煙法の変遷に至るまで、詳述されている文化史的な内容である。パイプの歴史については極めて詳細に書かれており、優れたパイプの研究書としても定評がある。アルフレッドの息子のアルフレッド・H・ダンヒルが、1969年に時代背景等を考慮し、図版を多数付加して改訂版を再刊した。日本語訳版はこの改訂版を元に、何度か重版されたが、現在は絶版となっている。「ダンヒルたばこ紳士」(アルフレッド・H・ダンヒル著 団 伊玖磨訳 1967年朝日新聞社刊 原書は1954年刊)は、喫煙具製造販売業者の視点から書かれている。パイプスモーカーズ・バイブルとも呼ぶべき著書で、ダンヒル喫煙具の解説書的な内容でもある。喫煙の歴史から始まって、煙草の生育や加工、パイプの歴史から加工、葉巻や嗅ぎ煙草のことまで書かれている。1961年に図版を差し替えて再刊し、幾度か重版されたが、現在はイギリスでも絶版となっている。日本語版は愛煙家でダンヒル・ファンである作曲家の団 伊玖磨が完訳出版。タバコの文献としては高い評価を得ているが、現在は絶版となっている。両書とも絶版となった理由は、現代においては差別的と解釈される部分が有るからとされている。国内ではインターネット等で、古書として流通しているモノが僅かにあるようだ。
海外ブランドの大型出店が相次ぐ東京・銀座で、昨年の12月1日に「アルフレッド・ダンヒル銀座本店」が中央通りにオープンした。“HOME”と呼ばれるコンセプト・ショップのひとつで、本拠地のロンドンに先駆けて東京にオープンした。「創業者のアルフレッドが生きていたなら、こんな家に住んでいるのでは?」という、仮定のもとにデザインされたという。インテリアのデザインは、建築デザイナーでありロボットのデザインでも評価をうけている松井龍哉が担当した。アルフレッドのコンセプトである「子供の心を持った、大人達のもの」に通じる感性に託した。因って、紳士達が“我が家”のように、ショッピングを楽しんで貰うための仕掛けが随所に施されている。ダンヒル製品を販売するコーナーは勿論だが、2Fにあるバー・ラウンジ「アクアリウム」では、中央通りの喧噪がガラス越に立ち上がってくる。グルーミングサロンでは、英国紳士としては身だしなみに気を遣うのは当然の嗜みとして、その名も「ザ・バーバー」。オペレーションは、高い技術で海外でも定評のある銀座・マツナガが担当している。ロンドンのダンヒル本店にもバーバーがあり、英国ではバーバーも紳士の社交場なのだ。これらのサービス以外にも、衣類のケアとメンテナンスのサービスは完璧。「ザ・バレー」ではレザージャケットなど繊細で高級な素材を使ったウェアーの手入れまで行ってくれる。ダンヒルはメンズウェアーからレザーグッズ、ウォッチ、メンズアクセサリーまで紳士の身の回り品をトータル展開している。その全ての商品には、創業時から「実用性」と「拘りを持つ楽しみ」という信念が貫かれている。現在はフランス・カルティエや、ドイツ・モンブランなどのラグジュワリー・ブランドを数多く傘下におく、スイスのリシュモングループのメンバーとなっている。
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