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下野国（しもつけのくに＝現・栃木県）の国主であった宇都宮家は、 534年間に亘って続いた関東八家の一つで、千葉家、小山家、結城家、小田家、那須家、皆川家、佐竹家と並んで、鎌倉・室町時代には全盛を誇っていた。しかし、戦国時代に23代国綱の時、豊臣秀吉の逆鱗に触れ、突如として改易となった。処罰の理由は謀反や家督争い等、諸説伝えられるが定かではない。改易とは切腹より軽いが、蟄居よりも重い刑罰である。御家お取り潰しとなれば、家臣が離散の運命を辿るのは戦国の世の常である。宇都宮家の家臣であった宇津権右衛門は、 1597年に下野の高根沢西根郷の地に戻り、帰農することになった。それ以来、宇津家は代々に亘ってこの地にあり、名主・取り立て役として権右衛門を世襲し、半農半医を生業とするようになった。一説によると「・・ある日、宇津家の門前に旅の僧侶が倒れていた。権右衛門は手厚く看病したところ、僧が世を去るときに、お礼として差し出した一冊の書物の中に、薬の処方が記されてあった・・」と言う。これを元に宇津家の秘薬が造られることになり、「救命丸」と称せられた。救命丸は小作人や村の人々に無償で提供されていたが、その優れた薬効は次第に評判となり、やがて関東一円から全国に、名が知られるようになった。それに救命丸を水戸の徳川一橋家へ毎年献上していたことで、参勤交代の諸大名にも評判が伝わった。
これは一橋家の古文書（献上帳）にも記されている。名声の高まりにより、江戸中期以降は旅籠や造り酒屋でも売られ、より一層優れた薬効が知れ渡るようになった。やがて、施薬から置薬として使われるようになっていった。
五代目当主の権右衛門重上は、 15歳で江戸に赴いて医学を習得し、救命丸の製薬に力を注ぐことになる。貴重な原料である麝香や朝鮮人参の入手が困難となり、苦難の時代を迎えたこともあった。当時は救命丸の一粒が米一俵と、同じくらいの価値だったと云われており、如何に貴重な材料だったか想像される。重上は問屋筋などを訪ね、賢明な努力を続けて材料を買い求めた。こうして重上は宇津家の中興の祖と云われるようになった。この頃の救命丸の処方は秘中の秘として、当主が次の当主となる長男へ、口伝によって引き継ぐ一子相伝であった。当主が屋敷の片隅にある高床式銅葺きの「宇津誠意軒」に籠もって調合を行い、誰も近寄ることを許されなかった。明治になって薬に関する法律が施行されるまで、どのような成分でできた薬か、当主以外は知る由もなかった。宇津家には「製薬信条」なるものがある。これは当主が製薬する時の、心構えを書いたもので、代々の当主はこの教えを守り、斎戒沐浴して製薬に携わった。大人向けの万能薬だった救命丸が、小児薬となったのは、江戸末期になってからである。栄養事情が悪く、子供の死亡率が高いことを憂い、子供を助けたいとの思いから、幼児を対象として製剤されるようになった。救命丸は子供の「夜泣き」「かんのむし」「ひきつけ」など、薬効に対する強い信頼が生まれ、家庭では常備の小児薬として浸透していった。
やがて明治となり、製薬会社としての経営体制を確立。日露戦争が終わり、世の中も平穏を取り戻した頃、東京でも有数の大手薬問屋だった福井商会の、福井益吉が宇津家を訪れ、秘薬である救命丸を世のため人のために、広く売り出したいと申し出る。宇津家では真情溢れる説得に動かされ、親族会議を開いて応諾した。これにより、救命丸は問屋システムのもとで、全国的に販売されることとなった。そして、これを機に商品名も「宇津救命丸」と改め、小児薬の代名詞のように、広く親しまれるようになった。
宇津救命丸は生薬だけで出来ているので、一度の服用だけで治まるような即効性はない。
暫く飲み続けることで、穏やかに効いてくる薬である。小さな一粒の中に、小児のデリケートな体質に適した、神経の安定作用、強壮作用、健胃腸整作用などのある生薬が配合されており、夜泣き、かんのむし、下痢などに広く効果を発揮する。続けて服用しても、効果の低下や対抗性がない。直径２�个両�さい丸薬なので、生後３ヶ月の乳児でも服用することが可能である。乳幼児の服用する薬として、作用の穏やかな生薬だけを使用しており、安全性と有効性は、長い実績と科学的実験により実証されている。また、純銀箔のコーティングにより、中の放香性成分を保護し、湿気を防いでいる。銀箔は 0.4ミクロンまで薄く延ばしたもので、服用しても体内には吸収されず、体外に自然排出される。この銀箔には殺菌作用があるため、保存剤を使用しなくても、長期間保存することができる。
このような材料を科学的証明が出来なかった400年も前から、使われていたことは驚嘆すべきことである。服用する対象年齢も生後３ヶ月から15歳位までと、幅広く使うことができるのも、家庭常備薬としては大変貴重なものである。
材料は４種類の動物性生薬と、４種類の植物性生薬から、バランスのとれた配合により製剤される。動物性生薬は麝香（精神安定、強心、鎮静、抗炎症作用）、ゴオウ（強心、鎮痙、解熱、解毒作用）、レンヨウカク（鎮痙、解熱、抗炎症作用）、ギュウタン（鎮痙、解熱、健胃調整作用）が使われている。植物性生薬はニンジン（消化促進、強壮、鎮静作用）、オウレン（健胃調整作用）、カンゾウ（健胃、鎮咳去痰作用）、チョウジ（放香性健胃作用）が使われている。
漢方には小児の特異な人体に適用すると考えられた「五疳」という理論がある。いろいろな外的内的要因により、五臓（肝臓、腎臓、心臓、脾臓、肺臓）のバランスが乱れ、精神的症状（夜泣き、かんのむし、ひきつけ）や、肉体的症状（食欲不振、消化不良、嘔吐、下痢）を起こし、しかも二つの症状が互いに作用し合うという、諸症状を総称したものである。これらの症状に適用できる製剤を小児五疳薬という。
宇津救命丸は 1597の創業以来、400年以上に亘って家庭の常備薬として愛用されている。
現在は厚生労働省の定めるＧＭＰ適合工場で、厳しい衛生管理のもと最新の設備で造られている。その処方は臨床データや科学的方法により裏付けられ、安全性や有効性が立証されつつある。
宇津救命丸は社名・商品名ともに「うづきゅうめいがん」と称しているが、以前は「うつきゅうめいがん」と称していた。初代・権右衛門は宇都宮家の家臣であり、「宇都」という名字を拝命していた。しかし、昭和 40年頃、ラジオやテレビでコマーシャルを流したところ、「うつ」では聞き取りにくいとのことで、「うづ＝宇津」に改名したという。
工場は創業の地である栃木県・塩谷郡高根沢町に置いている。工場の東南の一画に、高根沢町の指定文化財になっている「宇津薬師堂」（入母屋造三間堂）がある。総欅造りで日光東照宮とほぼ同じ年代の建物で、薬師瑠璃光如来が奉られている。この建物は宇津家の持仏堂として、建造されたと伝えられる。現存する部分の細部は様式、彫刻、部材の古さなどから、江戸時代末期のものとされている。唐様を基調とし、屋根は銅板瓦棒葺。正面に向拝を張り出し、四方に千鳥破風や軒唐破風を設け、高欄つきの縁を廻らせてある。向拝や軒には唐獅子等の華麗な彫刻が施され、堂内の格天井には牧野牧陸の筆による水墨画・龍を中心に 56の格間に彩色で薬草59種の花が描かれている。
現在の本社は東京・千代田区神田駿河台に置き、十八代当主・善博が継いでいる。十八代続くのは徳川家と同じであり、国内の製薬会社としては一番歴史が古いとされている。
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