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北海道・宗谷地方南部オホーツク海に面する、浜頓別町という人口4500人足らずの小さな漁村がある。町には白鳥が飛来するクッチャロ湖と、砂金採りが体験出来る施設はあるが、それ以外はあまり特色のない漁業と酪農の町である。しかし、この町には十数軒の旅館やペンションがあり、毎年ゴールデンウィークの時期には、何処も満室の状態である。
その中の一軒、東雲旅館に二度ほどお世話になったことがある。お世辞にも立派とは言えないような建物であったが、羽を休める白鳥を見るのも、もどかしく夕刻を待った記憶がある。お目当ては勿論、毛ガニづくしの夕食である。
カニの刺身に、しゃぶしゃぶ、茹でカニ、お椀にもカニ、それにカニ鍋、そして締めはカニ雑炊である。カニを堪能した翌朝の朝食は、焼き魚などの定番メニューであったが、前夜の満足感を絶ちがたく、横田水産という漁師さんを紹介して頂き、生きたカニを土産に分けて貰い帰途についた。
オホーツクの毛ガニ、夕張のメロン、佐賀関の関サバ、松坂の松阪牛など、その地域の名前を冠したブランド特産品が全国にあり、人気を得ているものが多くある。しかし、その一方で地方には多くの優れた特産品があるのだが、ブランドが確立していないために、ほとんど知られていないものも多い。
鳥取県は和牛王国と言われるほど、子牛を生産している県である。しかし、成牛に育てても知名度がないため、安い価格でしか売れない。そのため成牛にまで飼育せず、子牛の段階で他地域に販売している。松阪牛や米沢牛などのブランド化された和牛は、出生した地域の地名を付けるのではなく、最も長い期間飼育されて市場に出荷する地域の、名前を冠することが通例となっている。因って、鳥取県の子牛が出荷されたあと、飼育されて肉牛として市場にでる時は、その地名を冠して松阪牛や飛騨牛、近江牛などのブランドとなる。
全国各地では優れた特産品を自らの手でブランド化して、地域活性化のテコにしようとする動きが活発になっている。鳥取県・大山町でも和牛の繁殖だけでなく、成牛にまで飼育して大山黒牛のブランドで売り出そうと、地元の生産者らが作業着をスーツに着替えて、東京や大阪のレストランなどに売り込みをはかっている。
地方の隠れた特産品を発掘し、ブランド化によって地域の活性化を推し進めている人達がいる。その仕掛け人の一人が、元大蔵相財務官の榊原英資である。地域の食材や特産品で、独自のメニューを作り、そのメニューを提供するレストランまで建て、地方に人を呼び込もうとしている。榊原は「食と農」で地域活性化を目指すプロジェクト(フードジャパンネットワーク=FJN)を、今年の2月に立ち上げた。
榊原は活動の第一弾を富士山麓にある静岡県・富士宮市の町興しで始めた。富士宮市は朝霧高原や、白糸の滝などの観光地はあるが、最近では焼きそばで有名になっている程度で、市街地は閑散とした町である。FJNでは食の集積地と言うことで「フードバレー」構想を立て、食を中心とした町興しに取り組んでいる。富士山の恵である良質な水が豊富なことから、食・農業・環境・健康・食をサイクリングさせる構想である。硬水であるヨーロッパの水では、繊細な日本料理は作れないと言う。市街地にレストランを建て、地元の隠れた食材や特産品を使った料理を提供し、地元の人達だけでなく、PR活動にも力を入れて首都圏からも、お客を呼び込んで街を活性化しようとしている。
最近は中国産野菜の農薬問題等もあり、食に対する関心が非常に高くなってきている。また、グルメブームなどと言って食に関する関心も、少し歪んだ風潮も見受けられ、地域の特色を持った食材が消える傾向にもある。こうしたことを踏まえ、改めて農村振興や地域活性化を図るため、毎日新聞社が主催して田舎への観光や農林漁業体験、スローフードを楽しむ「グリーンツーリズム」活動が始まっている。後援は農林水産省と国土交通省。協賛は東京電力やトヨタ自動車、JR東日本、日本生命保険などが名を連ねる。グリーンツーリズム活動や田舎暮らし等を通して成功したビジネス事例など、先進的な活動を顕彰する制度も取り入れており、審査委員長は榊原が務めている。
榊原英資は1941年に神奈川県に生まれる。父・榊原麗一は芦田均内閣総理大臣秘書官であった。横浜国大鎌倉中学校を経て、都立日比谷高校へ進学。高校時代には交換留学生として米国で学ぶ。東京大学経済学部卒業後は大学院へ進み、当時の大蔵省大臣官房秘書課長の高木文男に、国家公務員上級職試験で50番以内になることが、採用条件だと告げられ、14番で合格。1965年に大蔵省へ入る。入省後すぐにピッツバーグ大学、ミシガン大学へ留学する。1977年には官僚批判や、政権政党である自民党批判と受け取られる論文を発表。それにより、埼玉大学の助教授に出された経験もある。その後は大蔵省に復職。
1994年には通常上がりのポストとされる財政金融研究所所長を務めたが、その翌年に当時の大蔵大臣・武村正義の強い意向で国際金融局長となり、その後は財務官に就任した。
財務官時代はハーバード大学客員教授をしていた頃に、交友関係があった米国の通貨政策責任者ローレンス・サマーズ財務副長官と通貨政策で渡り合う。榊原の猛烈なディベート力は、米国相手でも一歩も引かず、それが逆に信頼を得る事となった。1995年の超円高の時に、是正処置として米国と歩調を合わせた為替介入政策が効果を上げ、マスコミや為替ディーラー関係者から「ミスター円」のニックネームを授かる。
1999年の退官後は慶応大学グローバル・セキュリティー・センター教授を経て、早稲田大学総合研究機構客員教授、インド経済研究所長に就任。大蔵省時代から論壇において、幅広い執筆活動を展開し著書も多数。小和田雅子(現・皇太子妃)のハーバード大学経済学部卒業論文「輸入価格ショックへの外的調整/日本の石油貿易」の謝辞において、糠澤和夫や真野輝彦とともに、名前を挙げられている。
ブランド総合研究所のプレスリリースによると、「産品ブランド調査2007」において、「地域名+商品名や慣用名等」からなる産品ブランドの、評価調査をインターネット上で、国内に住む20歳以上の男女5766人を対象として実施。全国468地域の産品ブランドについて、消費者の評価と購入意欲度を調査した。調査結果の各項目1位を拾ってみた。
認知度(食品分野=松阪牛/非食品分野=有田焼)、購入経験(讃岐うどん/有田焼)、こだわり(松阪牛/輪島塗)、地域らしさ(夕張メロン/輪島塗)、高級感(松阪牛/西陣織)、
センス(京懐石/琉球ガラス)、情緒(京八橋/博多人形)、新しさ(さっぽろスィーツ/小樽ガラス)、伝統・歴史(長崎カステラ/輪島塗)、技術力(長崎カステラ/輪島塗)、
環境(六甲の水/紀州備長炭)、品質(愛媛みかん/紀州備長炭)となっている。
購入意欲についても5位まで拾ってみる。食品分野は松阪牛(53.4%)、夕張メロン(53.2%)、讃岐うどん(49.5%)、愛媛みかん(43.8%)、鹿児島黒豚(42.2%)の順となった。非食品分野では輪島塗(29.3%)、塗琉球ガラス(28.9%)、薩摩切子(27.2%)、紀州備長炭(27.0%)、有田焼・伊万里焼(25.3%)の順となっている。
購入意欲度ランキングにおいて、食品分野は地域団体商標登録を取得している割合は少なく、上位20産品中5品しかない。非食品分野の工芸品では上位20産品中の約半数にあたる9品が地域団体商標登録を取得している。
評価調査の結果を見ると、各調査項目や購入意欲度の上位にある産品は、当然のことながら既に各地域の特産品として、ブランドが確立している商品である。ランキングから外れた特産品においても、たいへん優れた商品があるのだが、一つの評価項目に秀でているのは当然のこととして、複数の評価項目で上位に位置しないと、消費者からはブランドとしての評価はされないようである。地域の特産品をブランドの確立した特産品とすることで、高付加価値の経営に転換。結果として他地域に対する出荷増はもちろん、観光客を始めとして人を地域に呼び込むことで、活性化を図る好循環が生まれる。近い将来、食や工芸品によって、地方が変わるかも知れない。
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