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巷では不景気風が吹き荒れ、「買い控え」という言葉が云われて久しい。大手有名百貨店も悲鳴をあげている状態だ。そんな中でも消費者の支持を集めて成長を続ける中小企業がある。東京墨田区東向島に本拠を構え、婦人用カジュアルバッグを製造販売する「ヤマト屋」である。最近人気の自社ブランド商品「ラビラビ」は絶好調で、テレビショッピングやカタログ通販、シニア向け雑誌等で度々紹介されている。イタリアの老舗バッグメーカーであるゲラルディーニの製品と一見似た感じがするが、ヤマト屋のバッグはユーザーの使い勝手には徹底的に拘り、軽くて持ちやすく、価格はゲラルディーニの概ね半額。中小企業の心意気を具現化したバッグである。最近になって漸く名が知られるようになったが、元々は1892年に創業者・正田竹次郎が群馬県館林市から上京し、浅草仲見世に和装小物業「大和屋」を開業したのが始まりだった。長らく着物用の手提げ袋を販売していたが、和装人口の減少に伴い、洋物の婦人用バックの製造に転じた。この方向転換が今日の快進撃を生む下地となった。1950年、「株式会社ヤマト屋」に改組し、初代社長・正田乙女が社長に就任。2年後に台東区浅草駒形で袋物製造卸を開始。1964年には日本で初めての本格的ポケッタプル「ハイバッグ」を発売。その後、正田喜代松が東レ株式会社を退職し、常務取締役に就任する。1981年になって旧会社・株式会社ヤマト屋を、正田乙女を社長とする不動産管理会社の正田ヤマト株式会社に改組。新たに台東区浅草橋に本社を置く株式会社ヤマト屋を設立し、社長に正田喜代松が就任して旧会社の業務を引継ぐ。そして2005年になり、正田ヤマト株式会社と株式会社ヤマト屋が合併、名実共に「明治25年創業のヤマト屋」となり、本格的な攻めの経営を展開するようになった。現在は喜代松が代表取締役会長、後継者の正田誠が代表取締役社長を務める。
製造業では「クレームは宝の山」とよく云われる。ヤマト屋躍進の基になったのも、ユーザーから寄せられた声だった。人気商品ラビラビ・シリーズはウレタン素材を使用している。それまでのウレタン生地は安価であるが、劣化してくると表面がベタベタ、ボロボロに剥げてくる。バッグ業界ではウレタン素材の特性であるとして、これは仕方の無いことだとされていた。ウレタンが劣化するのは水分と素材が科学反応を起こす加水分解に因る物で、湿気の多い日本ではバッグに使用するのは不向きと考えられていた。ウレタン素材はユーザーにとって、安かろう悪かろうのイメージとなっていた。これらの声に真摯に耳を傾けたヤマト屋は、耐久性と軽さを兼ね備えた新しいウレタン素材の開発に取り組む。試行錯誤の改善を重ね、ウレタン素材の表面に強度の強いポリカーボネートをコーティングすることで解決。水(雨)や光(紫外線)などの環境変化に強く、温度変化にもマイナス100℃からプラス120℃に耐えられ、そのうえ柔らかく変わらない質感で経年変化にも強い素材である。ウレタン生地の耐久性を格段に向上させたバッグは、全国の女性の目にとまり、現在では売上の大半を、この生地で造ったバッグが占めるほどになった。また、この生地は表面にプリント模様を印刷できるため、企業などがオリジナル・バッグを製作するのに適している。航空会社のオリジナル・バッグや、テレビ通販のジュピターショップ・チャンネルなどのOEM製品なども手掛けている。なかでもシニア向けの会員誌「いきいき」編集部と共同開発したバッグは爆発的な反響を呼んだ。OEM生産でも新しいウレタン素材を使ったバッグが、受注の大半を占めており引く手あまたの状況になっているという。
ヤマト屋の基本方針には「お客様中心主義」が謳われており、「私たちはお客様のご満足と感動の結果で給料をいただいている。すべての活動はお客様中心に徹する」とある。このお客様中心主義は、どこの企業でも顧客満足などの言葉で掲げるが、言葉と裏腹に徹底できていないのが実情である。何故なら、顧客が満足するようにすればするほど、企業側のリスクが高まるからである。例えばクレーム対応にしても、細かく対応すればするほど、人手と時間が必要となる。人手と時間を掛ければ利益を圧迫する。企業に取っては最も辛い事なのである。しかし、ヤマト屋ではお客様中心主義を貫くことで、業績への好循環を生んでいる。クレームや修理品は処理するのではなく、「なぜ」このような状態になったのかを検証する。原因を突き止め、その原因を改善することで、新しい価値を創り出す切っ掛けにしている。工場内の「価値造り研究室」には高性能一眼レフカメラがあり、200倍まで拡大できる特殊レンズが用意されている。肉眼では見られない現象を見るために活用。これによって破損部にどのような力が加わったのかを解析、新しい縫製方法を開発するのにも役立てている。また、これらの解析資料をデータベース化することにより、過去の記録を検証したり、取引業者へ画像を提供して部材の進化を促したりしている。これらがバッグ造りにも活かされている。肩紐が交差していて肩への荷重バランスの良い背負いバッグ。調節可能な手紐の端をしまえる専用ポケットがついたバッグ。便利さを追求したものでは、駅改札を通過するときやワンマンバスに乗り込むとき、スイカやパスモなどのICカードを底面ポケットに収納し、取り出さなくても底面を機械に近づけただけで通過できるバッグ。ペンホルダーや脱着式のキーホルダーがついたバッグ等々。これらのアイデアが実用新案として20件も登録されており、ユーザーの希望を先取りしたアイデアも多い。ポリカーボネートを使用したバッグの特許出願は勿論のこと、登録済みの特許は5件あり、研究開発にも熱心に取り組んでいる。ネオリュックやテディ生地の意匠登録が4件。ラビラビ・シリーズの商標登録なども6件登録されている。ラビ(Ravi)とはフランス語で「喜び」という意味があるそうだ。これを2つ重ねたラビラビは喜びも二重になり、持つと楽しくて嬉しくなるような、イメージのネーミングとした。5つの嬉しさとして「軽くて・使い勝手がよくて・機能的で・服装を選ばず・永く使える」をキャッチフレーズに、7つのこだわりとして「日本製・環境宣言・品質の良さ・商品の軽さ・水に強い・手頃な価格・取扱の簡便さ」を宣言している。
ヤマト屋の社員数は18人、平成20年度の売上高は約7億円、何所にでもありそうな中小企業の規模である。しかし、ここまで成長を遂げてきた背景には、ユーザーや百貨店の販売員の声を即座に商品開発に反映させていることと、和装小物を販売していた頃から百貨店との取引で培った品質管理体制がある。価値造り研究室では、専任者がユーザーから入る電話での苦情を記録し、商品企画の担当者に伝える仕組みもある。さらに「商品検査室」では、16人のスタッフが社内に常駐し、共通マニュアルに基づいて1点1点熟練者の目で確認検査している。検査が終了した製品には、すべて検査員の名前印が押されている。そして、検査の終わった製品のみを商品と呼ぶ。社員にも製品と商品との違いを認識させることにより、意識の向上を図っている。又、正田誠社長が自らOEMの窓口担当になっていたり、現場に降りて作業することもあり、社員にも適度な緊張感を与えている。最近では高級ブランドバッグもタグを見ると、メイドインチャイナやメイドインマレーシアなどの文字を見かける。ヤマト屋では品質管理を徹底するため、あくまでも国産品に拘っており、販売店の商品棚には日の丸のPOPが掲示されている。目の肥えたユーザーをも満足させる商品品質、この安心感こそがヤマト屋の最大の強みでもある。
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