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鎌倉時代、岐阜県関市には良質な土・水・炭を求めて多くの刀鍛冶が移り住んだ。室町時代になり刀工・孫六兼定が数々の名刀を造り、「関の孫六」で広く知られるようになった。以来、関市は刃物の街として伝統を受け継いできた。1908年、この地で初代・遠藤斉治郎がナイフ造りを始める。その後の1920年に「遠藤刃物製作所」を設立し、小さなポケットナイフの製造所として誕生。その後も社業は順調に発展し、国産初の替え刃カミソリの製造に乗り出し、1932年に「関安全剃刀製造合資会社」を設立。4年後に同社を解散し、「日本セーフティーレザー」を設立。さらに4年後に社名を「日本安全剃刀」に改称。昔の刀工達は日本刀の銘のように、自らの作品には自分の名前を刻み、作者を明らかにすることで品質を保証する伝統があった。二代目・遠藤斉治郎はナイフやカミソリは小さくて名前を刻むのは困難なため、名前を刻む代わりに「帆立貝」のマークを刻むことにした。古代では刃物の代用として貝が用いられていたこと。帆立貝は形が美しいうえに、扇のように末広がりで縁起が良いこと。さらに二代目・斉治郎が改名する前の名前・繁と、貝の英語発音シェルの発音が似ていることから帆立貝マークが考案された。現社名の由来ともなった貝印は、爆発的な人気商品となった使い捨て型カミソリの、品質を保証するマークとして市場の信頼を勝ち得ることになる。
1947年に二代目・遠藤斉治郎は、独立して名古屋市で「フェザー商会」を設立し、刃物類の卸売業を開業する。1949年に東京に「三和商会」を設立。1951年には「貝印長刃軽便カミソリ」の製造を開始。1954年にフェザー商会と三和商会が合併して「株式会社三和」となり、1967年に「三和刃物」に改称。製品が普及したことで貝印が一般にも認知されるようになり、1982年になり社名を「貝印刃物」に変更。その後、刃物類では業界屈指のメーカーに成長する。カミソリのシェアーが高まるに付け国内では圧倒的知名度となったが、海外では無名の存在であった。取扱商品も鍋や釜など一万点あまりに増えたことと、海外でも通用するブランドを目指すため、1988年に創業80周年を迎えたのを機に、コーポレートアイデンティティーを導入した。社名からも刃物を除き「貝印」とする。貝印マークもKAIの文字を塗りつぶして鋭い刃物で切り出したようなデザインに変更。創業以来の主力商品である刃物の、切れ味を強調するブランドマークとした。社員の間では通称「エッジマーク」と呼ばれ、ソニーのウォークマン生みの親と云われる黒木靖夫の協力で製作された。さらに、KAIブランドのみで一万点あまりに増えた商品を、一つのブランドで網羅するのが困難となり、商品別ブランドも展開するようになった。
1989年に貝印グループ三代目社長に就任した遠藤宏治のブランド戦略は、海外でも実を結ぶようになる。2000年に米国で投入した包丁ブランド「旬=SHUN」は、4年後に大ブレーク。2008年には年間55万丁を売り上げるヒット商品となった。包丁単体では全米ナンバーワンのヒットシリーズである。大々的にCMを打ったわけでも、販促のためのイベントを仕掛けた訳でもなかった。米国での日本食ブームもあり、料理人から料理人へと品質の良さが口コミで広がっていった。2005年にはミシュラン三つ星シェフであるミシェル・ブラスとコラボレートした包丁「Michel BRAS」を発売。中国、米国、ベトナムなどにも現地工場を立ち上げ、海外戦略を加速させて製造のグローバル化を推進。但し、刃物を造るコア技術の海外流出には神経を尖らせており、コア技術だけは国内に留め、高い技術力を維持する戦略である。日本市場は世界で最も品質に厳しく、国内市場で揉まれた商品は、細かい部分にまで気配りがされている。遠藤社長は国内市場で成功した商品は海外でも必ず受け入れられると考えている。因って、貝印グループは国内に軸足を置いた物づくりに取り組み、日本を起点としたグローバル企業を目指そうとしている。
貝印はカミソリに代表される刃物製品をメインとしており、家庭用から工業用や医療用の刃物まで幅広く扱っている。家庭用包丁のシェアーは国内トップである。眉毛用カミソリから、マスカラなどのビューティーケア用品。昨年には美粧用ブランド「KOBAKO」を立ち上げた。爪切りやクシなどの身だしなみを整える衛生関連用品。料理や菓子造りに欠かせない小物調理器具など幅広い製品を取り扱っている。東京千代田区にある本社は販売会社であり、グループ関連企業として岐阜県関市に貝印カミソリの製造や、業務用カミソリ、医療用刃物、特殊刃物を専門的に扱うカイインダストリーなど8社がある。海外にもカイUSAやカイヨーロッパなど11社を数える。ドイツの高級家庭用品ブランド「WMF」や、米国のキッチン用品ブランド「Chef’n」などと、輸入代理店契約を締結している。資本金4億5千万円。売上高266億円(2008年3月期)。従業員数242名(2008年3月現在)。2008年には創業100周年を迎えた。刀鍛冶は、その刀を使う武士の生活や癖など、使い手の話を聞きながら魂を込めながら造るという。貝印は刃物の街に脈々と受け継がれてきた「野鍛冶」の精神を忘れずに、品質の高い商品やサービスを世界に届けている。
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