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桃太郎のビジネスコラム 327

☆ 12000個のトマト☆

2010.10.27号  

 南米にある世界最大の大河アマゾン。地球にある大気酸素の25%を供給していると云われる熱帯降雨林帯である。少々の雨では地表に達する前に、樹林が取り込んでしまうほどの密生地帯で、凄まじいほどの植物エネルギーが蓄積されている。落ち葉などの植物堆積物による腐植土が豊かな沃土を形成しており、表土は殆ど無いに等しいとされる。この土らしい土が無いアマゾン流域を覆う大密林では、大部分の植物が水生または気生で育っていると云う。この赤道直下の生態系の植生は、直接水に根を下ろして必要成分を摂取する。一方では太陽光を最大限に取り込み、光合成を繰り返している。植物圏の大気の湿度を水中と同じほどに高め、高温多湿な生育環境を創り出している。これは植物が土に依存しなくても生育する事を実証し、その植生の仕組みは通常の農業の概念による植生とは、全く異なることを意味している。植物の生育は土が絶対条件ではなく、どのような環境であっても植物が育つ要件さえ満たしていれば、植物の生育は可能であることを意味している。アマゾン流域にある巨木の数々は、植物が水と大気と太陽光があれば、充分に成長することを壮大な規模で立証している。

 筑波科学万博が開かれたのは、いまから25年前の1985年のことである。その万博の政府テーマ館で、一本のトマトの樹から12000個のトマトが実り、世間を驚かせたことを記憶している人も多いだろう。当時、このハイポニカ農法(水気耕栽培)を開発した野沢重雄が昭和天皇に直接、この技術をご説明したことも話題となった。自由に伸びやかに育ったトマトの樹が実らせた果実は、その夥しいほどの数量はもとより、全ての実が大型でありながら糖度は高く、ビタミンや栄養素類を多く含み、色合いや風味、それに香気や感触にも優れた美味しい果菜だった。しかも、無農薬栽培である。植物は土で育つ。母なる大地に抱かれて生物は存在すると考えられている。これは明白な事であり、極めて当然のことである。しかし、ハイポニカ農法はそうした常識を見直すことから始まった。そして、生命には今まで私たちが知らなかった大きな生産力と、植物の逞しい生命力があることが判明した。ハイポニカ農法では農業生産の障害の一つが、土にあることに考えが至った。土を媒体とする限り植物生産は、その制約から脱する事は出来ない。自然の中にある植物は、地域の環境によって生育が極端に違うこともある。当然のことであるが、環境条件の良いところでは生育も早く収穫も良い。農業は土作りにあると云われ、土作りが難しいとされている。土が生命の発育を阻害する要因として、空気を保持し難い。水分を均一に空気とバランス良く取ることが難しい。温度調節は広大な農地では、難しいと云うよりも現実的には出来ない。また、耕土は根の伸張に対して物理的な抵抗となってしまう。これらの要因が植物の生育に伴って大きな障害となってくる。ハイポニカ農法のように土を離れて水場を求めたならば、土耕栽培とは全く違う植物の生理を理解した上で、新しい生育技術を持たなければならない。土が植物生理を阻害するという基本概念に立てば、土の代わりになる水の管理を徹底することで、植物にとって最適な根圏環境を実現する必要がある。その結果、水中に縦横無尽に伸ばされた根は必要なだけ養分を吸収し、地上部では充分な太陽光を浴びせることで、驚くほどの枝葉を伸ばし、一株に1万数千個の実をならすまでに生長する。このハイポニカ農法は一見特異な技術を駆使した栽培のようだが、只ひたすら植物の生命力を信じ、その力を最大限に発揮できる環境を創り出した結果である。因って、特別な種子からではなく、普通の品種のトマトからでも、植物生命の能力を充分に引き出してやれば、一株に1万数千個の実をならすことか可能なのだ。

 手元に一冊の本がある。25年も前の本だが、何故か気になって捨てずに本棚にしまっておいた。タイトルは「トマトの巨木は何を語りたいか=ハイポニカの科学・水気耕世界=」1985年7月15日3版発行とある。この本の最巻末に記されている「技術資料のご請求について」を原文のまま引用させて貰う。「ハイポニカ農法の普及につれて、マスコミの様々な取り上げ方もあって大変な数のお問い合わせをいただいております。時によっては正常業務がほとんどできないまでに、応接に負われる日が続くことがあります。ほんとうに有り難く厚くお礼を申し上げます。ただ、申し上げておかなければならないことは、この誌上でも繰り返し述べてまいりましたように、ハイポニカ農法は単なる技術や方法上の問題にとどまるものではございません。お問い合わせのかなりの方からストレートな技術資料のご請求を頂くことがしばしばですか、まずハイポニカ農法の前提となっている自然を見直す考え方と生命現象の過程をご理解いただかないと、資料のみから計数的に短兵急にご納得いただくことは困難かと存じます。旧来からの常識的な論理に立つのであれば、ハイポニカ農法とは技術的に組み合わせることができませんし、役にたたないことになります。大切なのは技術そのもの以上にその根底にある新しい科学に対するご理解なのです。出発点は自然を見直すことにあり、その時、初めてすばらしい自然の生命力と生産力を実感してご理解いただけるのであって、短絡的な経済技術としてのご質問には、残念ながらお答えしようがないのです。どうかまずハイポニカ農法の考え方をご理解ください。そのうえでのご質問であれば、充分ご納得いくまでご説明申し上げます。またご一緒に考えさせていただきたいと存じております。重ねてお願い申し上げますが、性急な技術のみの資料請求には応じかねる場合もありますので、その点をご賢察のうえ、悪しからずご了承下さいますようお願い申し上げます。」

 野沢重雄は1913年8月に東京で生まれた。1939年に東大農学部農業土木科を卒業し、台湾精糖に入社する。そこで台湾、インドネシア、中東諸国などで熱帯農業生産研究に従事。1949年に独立して協和プラスチィック工業所(現・協和)を設立。1963年以来農作物の収穫量を増大させる研究に取り組む。1971年に水気耕栽培ハイポニカ農法の製造及び技術開発のために、1万坪の事務所及び工場を兵庫県篠山市に新設。野沢の生命研究の原点は急激な世界人口の増加に伴う、食料危機を救おうとしたのが出発点だった。そこで植物の光合成の能力の限界を研究。光合成には太陽光と水と空気、それに適度な温度環境が必要。この条件を徹底的に追究していく過程で、サトウキビやトマトなどの植物が限りなく生長することを知った。ハイポニカ農法は生命の持つ機能を最大限に働かせれば幾らでも生長すること、即ち生命力が実在することを証明したことになる。現代科学は科学そのものの出発点からして、生きているものと死んでいるものとの区別をしない唯物論の立場から出発しているので、生命を捉えることは出来ないという。自然界に起きている現象を見ていると、全てのものが正しい形で制御されながら生存していて、幸福になる道を辿らせるようになっている。植物を育てるのに技術の有無は関係ない。どちらかと云えば技術がない方が良い。何が大事かと云うと、植物と人間の心の掛け合いなのだと云う。植物に病気がでたら薬を与えれば良いという考え方では、絶対にうまくいかない。必ず病気が発生する。不思議なもので、多少栽培に熟練していて自分の方が優れた物が出来るだろうと思う人はみんな失敗している。植物に向かって心の中で「好きなだけ大きくなって良いよ」と思えば、それが植物に伝わって現象として現れる。人間の心の持ち方と自然の法則に対する素直さが、植物の生育に密接な関係があることを知ったという。科学的技術や経済性の問題ではなく、これを人の心がどのように捉えるかで結果を決めてしまう。心のあり方が因果律を支配すると云う。野沢が研究から得た哲学であり、ある種の宗教観さえ漂う。1982年に科学技術功労者として科学技術長官賞を受賞。1986年に吉川英治文化賞するなど多くの受賞歴があり、2001年12月に88歳の天寿を全うした。野沢が起こした協和株式会社は本社を大阪府高槻市におき、現在はプラスチィックの射出成形事業、それに伴う金型の企画・製造のテクニカル事業、それにハイポニカ事業。国内2工場、中国や香港にも6工場を持つ、資本金23億2千万円の会社である。


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