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日本のファション業界では衣類の事を英語でアパレル(Apparel)と呼んでいる。この産業は大きく分けて3つの分野から成り立っている。川上(かわかみ)と云われる繊維・織物業界、川中(かわなか)と云われる衣類の商品企画・製造・卸をする業界、川下(かわしも)と云われる小売業界である。73年のオイルショックで、それまでアパレル産業の主役であった繊維・織物業界は大打撃を受けてリストラの嵐が舞った。その後の主役は川中の業界に移り、この頃からアパレル業界というのはレナウン、オンワード樫山、イトキン、三陽商会、ワールドなどを中心とする川中の業界を指すようになった。80年代に入ると次々と創刊されたファション雑誌に煽られるように、消費者の個性化や多様化で庶民の消費は膨らんでいった。とくに85年以降のバブル景気では、デザイナーズブランドやインポートブランドなどが飛ぶように売れ、デパートやブテイックなどの小売業界も売場の拡大を競うようになった。しかしバブルが崩壊した90年代になると、消費は極端に冷え込んだ。経済産業省の商業統計を見ると、衣料品小売り販売額は91年の15兆円強をピークに、年々下がり続け02年には11兆円強まで、27%もマーケットサイズは縮小してしまった。バブル崩壊によるデフレ経済の中では、総ての企業が経営構造の見直しを迫られるようになった。デパートなどでも毎年前年比マイナス成長となり、アパレル業界でも独自性を伸ばし、他社との差別化をはからなければ生き残れない状況となっていった。川中の業界ではデパートや小売店などの川下業界を通してしか、消費者のニーズを掴むことが出来ず、消費者の情報を正確に早く収集する事が出来ない状態になっていた。業態転換を迫られた川中の業界では旗艦店や路面店を出店し、デパート内にはオリジナル・インショップを展開し、通信販売などの川下分野へ流れだすようになった。
最近の傾向としてSPA(Specialty Store Of Retailer Private Apparel)という商品企画・製造・物流・小売を一体化して行う新しい業態が出てきた。それまでの川中から川下への委託販売では、後から売れ残り商品の返品が頻発したりして、決算数値の確定に手間取っていた。売り切り制にしたとしても、それが故に実体は値引きの押し込み販売となっていた。何れにしても多くの商品ロスと時間的なムダが発生していた。SPAはメーカーや卸問屋と小売業の機能を合体させて流通経路を短縮する事で、マージン率を上げて販売する事が出来る。それに加えて売場の顧客情報を瞬時にとらえることが可能になり、売れ筋や死に筋商品の情報がリアルタイムで生産現場に伝えられる。ユニクロを展開するファーストリテイリング社は、SPAの仕組みを取り入れた代表的企業である。柳井 正現会長の父が49年にメンズショップを山口県宇部市で開業してから、35年後に現会長が実質的な経営の代替わりをした。その20年後の現在、3839億円(05年8月期)を売り上げる急成長を遂げた。今後のアパレル業界で生き残るためには、事業の構造転換をはかるのと、改革するスピードがカギを握っているようだ。
ワールドもSPAを取り入れて、甦った企業である。ワールドは59年に、ニットの卸問屋として神戸で創業した。60年代には単品販売していた婦人服を、ブランドコンセプトによって組み合わせて販売する、トータルコーディネートを企画提案する手法で業績を拡大していった。67年に「コルディア」というミセス向けのブランドを提案し、75年には「ルイシャンタン」というOL向けのブランドを誕生させた。この2つのブランドを主力として売上を伸ばしていたが、バブル景気突入前には業態としては行き詰まっていた。ワールドの卸部門ではバブル期には過去最高益を出してはいたが、売上至上主義から抜け出せずにおり、実体としては消費者ニーズも吸い上げられない最悪の状態にあった。小売り業者に対する無理な押し込み販売が続き、実需を無視した過剰生産で大量の在庫を抱え込んでいた。売上至上主義はバブル経済が崩壊したときには裏目となり、それまでのビジネスモデルが、時代に合わなくなったことを証明してしまった。現社長の寺井秀蔵は卸事業の危うさから、SPAを取り入れたビジネスモデルへの転換をはかった。寺井は既に「タケオキクチ」や「ドルチェ」などのブランドを立ち上げて実績を積んでいた。しかし、卸部門の社員達にはバブルによる成功体験が過去の亡霊のようにとりつき、実績のある寺井の提案にも耳を貸さなかった。94年には前年に立ち上げた、「オゾック」の売上が徐々に上向き、翌年には「アンタイトル」「インディヴィ」「インデックス」などのブランドを相次いで投入した。いずれも現在のワールドにとっては、中核となるブランドに育っている。寺井は「ロスは利益の3倍ある、展示会はガンだ、何もしなくても当社はリスクを背負っている」という仮説からスタートし、外部情報を収集し「仮説→検証→修正」を実践。この考え方はセブンイレブンの、鈴木会長の影響が大きく感じられる。寺井の業態転換の改革は、顧客を「小売業者→一般消費者」ターゲットを「ミセス→団塊ジュニア」販売チャンネルを「専門店→ファションビル、デパート」商品政策を「良いモノを高く→リーズナブルに」情報は「人情・人海戦術→情報化システム」ブランドイメージを「あれもこれも→フレンチカジュアル」とコンセプトを統一した。卸事業と小売事業の売上比率は98年には55対45だったが、業態転換後の04年には18対82と大きく逆転。連結売上高と単体売上高は共に、5期連続の増収増益である。05年5月期の連結売上高は2452億円、純利益93億円となり、見事な復活ぶりである。
ライブドアによるニッポン放送へのTOB(株式公開買い付け)の話題が落ち着いたと思ったら、今度は村上ファンドによる阪神電鉄へのTOBで阪神球団の株式公開だとか、楽天によるTBSへのTOBが敵対的買収とかでマスコミを賑わしている。ワールドでは業態転換の一環として、7月25日に経営陣による自社株買収を発表。前代未聞だが、経営陣が自社の株式を買い取り、一流企業の勲章とも言える株式上場を廃止すると云うのだ。寺井社長のプライベートカンパニーがワールド株を対象にしたTOBを実施し、他の経営陣や創業者で大株主の畑崎広敏前社長らも協力して7割の株式取得を目指していた。7月22日迄の過去6ヶ月間の大阪証券取引所における売買価格の終値の単純平均値3.741円に対して25.6%のプレミアを加えた価格で買い付けた。一株4.700円で最大2.300億円になると見られ、三井住友銀行などから融資を受けたようだ。MOB(自社買収)は事業再生を目的として実施されるのが通例だが、ワールドのように業績も順調な超優良企業がMOBで非上場化をはかるのは国内では初めての事である。ワールドでは「自社ブランドや会社の知名度も高く、大きな資金調達の計画も無いため、株式を上場している意味も無い」とのコメントを出している。寺井社長は「行き過ぎた株主中心の経営には疑問を持っている」「より迅速に経営戦略を展開するため」と説明している。変動の激しいアパレル業界で短期的な利益を求めがちな投資家に事業を左右されたくない意志表示であろう。11月15日付けで非上場企業となるが、幹部の経営参画意識を強めるため、取締役や管理職には自社株式や新株予約権(ストックオプション)を持たせ、長期的な企業価値の向上につなげる狙いも表明している。資金調達に問題がなければ、上場に伴うコストが削減できて、敵対的買収から会社を守る究極の企業防衛となるかも知れない。これからの経営者に求められるのは上場・非上場よりも、どちらが企業価値を高めるのに適切であるかを、見極める戦略的な思考を持つことではないだろうか。
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