ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 80

☆ 美味しいコメ 変わる農家☆

2005.12.20号  


 新米が美味しい季節である。日本一美味しいと云われるコシヒカリは、作付面積が国内全水田の三分の一を占めており、82年から販売シェアも全国一を誇っている。
終戦後まもなく福井県の農業試験場で「越南17号」と名付けられた試験品種が開発された。
味は美味しいものの肥料の管理などが難しく農家は見向きもしなかった。
当時は食料不足の時代で、収穫したコメは全て農協が買い取ってくれるので販売する苦労はいらず、味よりも収穫量が優先されていた。
そのころ新潟県ではやせた土地でも収穫できる美味しいコメを探していた。長岡の農業試験場が越南 17 号に着目して試験栽培を始めたが、生育しすぎて刈り入れ前にバタバタと倒れてしまった。やせた土地に苦しんでいた魚沼地区の農家も、村を救うために協力をするようになったが、肥料の与え方で過剰な生育を調整するなど苦難の連続だった。
しかし、偶然にも魚沼のやせた土地が、越南17号にとって最適の土地であった。
貧しい村を救うことに情熱を傾けた試験場職員と、地元農民が地域の存亡を賭けてコメ作りに没頭し、日本一のブランド米「魚沼産コシヒカリ」を誕生させた。

 食文化の多様化でコメ離れが進み、国内消費量は年々減り続けている。戦後の食料不足と食料自給政策で収穫量の多い品種が優先されていた時代から、食を楽しむ時代に変わった事で、消費者は不味いコメには手を出さなくなり、ブランド米と云われるコメに人気が集中するようになった。
専業だった農家はコメの生産調整で減反のため休耕すると補助金が受けられ、農作業がなくなった農家は兼業の仕事で収入を得て休日に農業をする兼業農家となっていった。
収入は専業農家の時よりも増えたが、片手間に作る米はブランド米とよばれるコメには味も価格も見劣りしスーパーやディスカウントショップで目玉商品とされるようになった
政府も歳入不足の時代に年間で 70 万トンも余剰になる買い付け削減と、農家の生産性などの競争力を向上させる政策を打ち出した。昨年 4月に食料法が改正され、08年には減反政策が打ち切りとなる。昨年からは販売実績に応じて農家の生産量が決められるようになり、美味しい売れるコメを作る農家は生き残り、不味くて売れないコメしか作れない農家の淘汰が進む可能性がでてきた。
こうした農政の変更で、どのようにすれば美味しい売れるコメが作れるのか、農家は生き残りを賭けて動き出した。

 工業生産される製品の品質マニュアルにトレーサビリティという言葉が出てくる。製品の生産工程の履歴が追跡できる仕組みである。製品がマーケットに出荷されたあとに、不具合が見つかった場合、生産工程のどこで発生した欠陥であるか追跡できる。また良品である場合でも、履歴をたどれば同じ製品を再び製作することができる仕組みである。
03年 7月に農林水産省で「消費・安全局」が新設された。行政改革で省庁の削減が叫ばれているなか、農政の根幹を為す食糧庁を廃止してまで新設された。
消費者は以前からO157食中毒不安、遺伝子組み替え食品の不安、農薬やホルモンなどの不安、聞いたこともない原因物質のアレルギーへの不安などが高まっていた。
そこへ 01年 9月にBSE(狂牛病)の国内症例が確認された。それまで国内では発症しないとの農林水産省の主張は崩れ、消費者は疑心暗鬼に陥り一斉に牛肉を買わなくなった。
これをきっかけに牛肉、豚肉、鶏肉、魚などの水産物にも産地表示の偽装が発覚した。
農産物でも同様に果実から無登録の農薬使用が発覚したり、有名産地の表示があるブランド米をDNA鑑定すると別な産地であったり、不正表示が次々と摘発された。
消費者は「無農薬・低農薬」「どこ産の何々」と表示されても信ずる事ができず、何を信じて消費行動を起こせば良いのか判らなくなってしまった。
農林水産省では消費者が持つ農水産物への不安を取り除くために、導入したのがトレーサビリティシステムである。農産物の生産段階の作業記録を保存させ、スーパーなどの流通業者や消費者が生産履歴を確認できるようにした。
この仕組みを推進する組織として新設されたのが「消費・安全局」である。
供給側である農業を保護する政策ばかり推進していた農林水産省が、消費者の視点にたった画期的な行政改革である。
農家の方でも農産物にプラスされた消費者への安心を売る考えが定着しつつある。インターネットで農作業の生産過程を公開し、消費者の「見える安心」を目指し始めた。

 コメ生産農家が変わろうとしている。日経スペシャル「ガイアの夜明け」で「まずいコメはもういらない 〜変わり始めたニッポンの農家〜」というタイトルで放映されたことがある。番組では農家の新しい取り組みを伝えていた。
日本のコメ農家の9割が兼業農家である。品種にもよるが田植えに適した時期は月下旬だが、田植えは休みが取れるゴールデンウィークに集中する。一昨年夏の東北地方は冷夏に見舞われた。多くの農家が生育不良だった稲を追肥により収穫量を上げようとしたが、稲は栄養過多になり病気が蔓延して軒並み被害を受けてしまった。被害をより多く受けるのも当然で、兼業の仕事に手をとられて田の手入れが行き届かず、少ない面積に欲張ったコメ作りをして被害を大きくした。今や兼業農家にも改革の波が押し寄せている。
宮城県では田植えの時期を忠実に守り、こまめな管理で稲の持つ生命力を充分に引き出す無農薬有機栽培で、魚沼産コシヒカリに勝るとも劣らないくらい美味しい「ひとめぼれ」を生産し、冷夏でも平年を上回る収穫量を誇る専業農家がいる。
福島県では40人の専業農家が農業法人を立ち上げ、無農薬・減農薬のコシヒカリを生産している。田植えや稲刈りなどは協力しあうことで生産性を高め、作ったコメは全量を自分たちで精米して袋詰めまでおこなう。販売は農協などに頼らず東京の大手通販会社を通して消費者に直接販売したり、生協などに卸している。美味しいコメは価格が多少割高でも消費者は受け入れてくれる。それまでは農協に納めるだけで消費者の顔を見ないでコメ作りをしていたが、消費者の反応を直接感じることができるコメ作りに挑戦している。
九州佐賀県でも数少ない専業農家7人が集まり「極低タンパク米」の生産に挑戦している。
精白米に含まれるタンバク質が少ないほど粘りや甘みが強いことは昔から云われていた。
多くの収穫量をめざして肥料を与えるとタンパク質が増えてしまう。美味しい極低タンパクのコメを作ろうと思えば収穫量は減る。農家は収穫量を減らしてでも、タンバク質を抑えた美味しいコメ作りへの転換をはかっている。
埼玉県でもインターネットで栽培履歴を開示して農産物販売をしている農家がある。コメのほかナス、カボチャ、ブロッコリーなどを生産している。消費者モニターを募集したところ、瞬く間に2300人の応募があったという。アトピーに悩む消費者から「栽培情報があるので安心できる」と問い合わせが殺到したという。
消費者は食に対して多くの不安を抱えており、生産地や生産者の確認と責任の所在、農薬や遺伝子組み替えなどの安全性、アレルギーなどに対する原材料の正確な表示、汚染された土壌での栽培などさまざまな情報の開示を求めている。こうした消費者の不安を解消する努力が新しい農業の道を開くことになる。
コメも価格だけでなく「安全で美味しい」という付加価値をつけなければ、消費者は受け入れない時代になった。パソコンによる天候や生育のデータベース化、生産履歴の管理、インターネットによる情報開示など、全国各地でハイテクを駆使した安全で美味しいブランド米作りへの挑戦が続けられている。




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