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アクアスキュータム(既号35.トレンチコートとボギー)には、英王室を始めマイケル・ケイン、ポール・マッカートニー、ジュリー・アンドリュース、ロジャー・ムーア、マーガレット・サッチャーなどの、錚々たる著名人達のファンがいるという。1851年にション・エマリーが高級紳士服店をオープンした。彼とその仲間達は1853年にウール地に防水処理を施し、高い撥水性としなやかさを併せ持った布地を開発した。それを機にエマリー社は、店の名前をアクアスキュータムと改称した。1854年、ロシアでのクリミア戦争で防水性のコートが将校達に圧倒的な支持を得た。消防用のホースで水をかけてテストしたコートの防水性は勿論だが、優れた機能性が大評判となった。初代英国軍司令官のラグラン将軍は、騎兵隊に突撃の合図をする際に、腕を最も動かしやすいデザインにすることをエマリー社に命じた。考案・裁断された袖はラグラン・スリーブと名付けられ、袖付けの縫い目が袖ぐりから襟まで達する生地の裁ち方で、デザイン的にも斬新なアイデアであった。それまではセットイン・スリーブと云う、ジャケットのように身頃と袖が肩先で、アーム・ホールに沿って縫い合わされていた。このラグラン・スリーブはライバル企業であるバーバリー社でも、1910年頃にトレンチコートの前身タイロッケンに採用されている。クリミア戦争後に兵士達が持ち帰ったアクアスキュータムのコートが、ファッション・アイテムとしても浸透していき、現在では伝統的な英国スタイルに欠かせないブランドに成長し、世界中から支持されることとなった。
150年の歴史を誇り、高い知名度をもつアクアスキュータムだが、クローバル化したビジネスの世界では、収益に結び付かないジレンマを抱えていた。アクアスキュータムが日本の大手アパレル企業レナウンの傘下に入ってから17年も経つが、足下の国内市場においても苦戦を続けていた。アクアスキュータムが再建を託して、06年に社長兼CEOに迎えたのが、英スコットランド出身で48歳のキム・ウィンザーだった。彼女は欧米のメディアで「もっとも成功した英ビジネスウーマン」として、何度も取り上げられた。米ビジネスウィーク誌では「英国で最も革新的なビジネスウーマン」に、フォーチュン誌とマネージメント・トゥデイ誌は、ともに「ビジネス界において影響力を持つ女性」の一人に選んでいる。アクアスキュータムの社長に就任する前は、00年からスコットランド老舗ニットメーカーのプリングル社のCEOを努め、「世界で最も野暮ったいファッションブランドを、5年間で素晴らしいブランドに変身させた」と、スコットランド・ヘラルド紙に評された。彼女は海外企業に与えていたブランドの使用権を、本社で厳格に管理するようにし、注力すべき海外市場を明確にした。ブランドの強化戦略を徹底させ、さらに小売り部門を立ち上げ、ロンドンや世界各地に旗艦店を開設し、5年間で売上を10倍に伸ばす実績を残した。プリングル社の前は英国大手小売りチェーンである、マークス・アンド・スペンサーの唯一の女性役員として婦人服部門を率いて、売上・利益・市場シェアで飛躍的な成長を成し遂げた。彼女は77年に管理職候補としてマークス・アンド・スペンサーに入り、紳士服担当役員などを歴任し、同社傘下の米ファッションブランド、ブルックス・ブラザーズ(既号55.みゆき族復活)の役員にも任命されていた。
日本経済新聞社などが主催する「日経フォーラム 世界経営者会議」は、99年に始まって以来、欧米をはじめアジアからもトップ経営者を招き、グローバルな観点から企業の経営戦略や経営哲学について議論している。現在、このフォーラムは経営に関する会議としては、日本を代表する国際会議として定着している。今年は第9回を数え「新たなターゲットに挑む企業経営」をテーマに、10月29日と30日に開催された。原油価格の急騰、米住宅ローン問題に始まった金融危機など、企業を取り巻く経営環境は一段と厳しさを増している。経済のグローバル化により、経営リスクは世界の企業を一瞬にして襲う。このような環境で成長を続けるには、変化に対応する力が求められており、今回のフォーラムでは世界の有力企業のトップが、その心構えを熱心に語った。第二日のセッション3では、キム・ウィンザー アクアスキュータム社長兼CEOが、対談形式で「復活の条件」として、アクアスキュータムの戦略を語っていた。
アクアスキュータムの再生については「グローバルな高級ブランド・ビジネスを理解出来る人材を揃えること。魅力的な商品作りとコミュニケーションを密にする。伝統あるアクアスキュータムの広告だと判るものを作る」ことから着手した。高級ブランド市場については「世界的な市場の幅は様々な形で拡大している。中国・インド・ロシアなどの、新しい市場へも拡がりをみせている。日本・イタリア・イギリス等の先進市場では、洗練されたモノを求める人が増えている。何処で作られたか、手作りか、サービスは良いか、これらは非常に関心が高く、サービス面も高度な内容を求めている」日本市場で苦戦してきたことについて「レナウンの経営が間違っていた訳ではないが、高級ブランドには大胆な変化が必要だ。ライバルと競争するには、製品もマーケティングも創造的でないといけない」衣料品以外の周辺商品については「今後の収入の源泉として重要なのはアクセサリーだ。高級ブランドとしては極めて重要である。ルイ・ヴィトンやエルメスなどは、アクセサリーが大きな比重を占めている。今後3年間で売上の三分の一に引き上げる計画だ」多くのブランドが、自らの世界観を魅せる直営の大型店を設けている事について「昨年来の再生過程で、商品やマーケティングを強化してきた。我々の弱さは旗艦店を持たないことにあった。大きな旗艦店は商品を売るだけでなく、ブランドの雰囲気を伝える役割がある。現在は東京とロンドンの二カ所しかないが、今後2年間でどんどん増やし、ニューヨーク・ミラノ・パリに持つことが必要だと考えている」3年間で売上を二倍にするという目標達成は「この十年ほどブランドが前進しなかった背景には、既存の顧客は満足していたが、その間に顧客の年齢層も上がってきた。新しい消費者を取り込む必要がある。新しいコレクションも立ち上げており、新しい顧客も入ってきている。ロンドンの旗艦店の9・10月実績では、38〜39%が新しい顧客だ。もちろん既存顧客への対応も充分にするが、アクセサリーの強化を含め、新しい顧客の取り込みを積極的に進めていく考えだ」
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