ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 185

☆ 液晶コンビナート☆

2008.01.22号  


昨年7月末、シャープ(既号44.オンリーワンの創出)が大阪・堺市に液晶パネル工場
建設を中心とした「液晶コンビナート計画」を発表した。最新鋭の設備と液晶関連企業の集積で、開発や生産だけでなく、関西国際空港も視野に入れた物流など、コスト面でも他社に先行し、薄型テレビの主導権争いを勝ち抜く大胆な計画だ。
主力の三重県・亀山工場を上回る世界最大級の新工場に、投資する資金は 3800億円で、
カラーフィルター大手の大日本印刷や、特殊ガラス大手の米コーニング社などの、関連部材メーカー進出を含めたコンビナートへの総投資額は1兆円規模に達する見通しという。
新工場建設の狙いは出遅れた世界戦略を加速することにある。国内では亀山ブランドが浸透し、40%強を握るトップシエアが、世界市場では15%に満たないシェアで、韓国・サムスン電子、ソニーに続く3位である。特に欧州では6%程度の下位メーカーとなっている。
国内の雄も海外での知名度不足が、最大の課題となっていた。
新工場に投入するパネル材料のガラス基板は、亀山工場の第8世代を上回る第 10世代と呼ばれ、畳 5枚分のサイズは世界最大である。パネルは世代が進むほどサイズが大きく、大画面化に合わせた世代競争も激しくなっている。 40型だと 1面のガラス基板から約 15
の液晶パネルが取れる計算で、42型を中心に 40 〜 60型を効率よく切り出せることから、
大画面テレビの生産を強化する。大画面では液晶に比べて部品点数の少ないプラズマが低価格化を進めやすいと云われるなかで、最新鋭の第 10世代と大型化したのも、プラズマとの競争を優位に進める狙いも込められている。

電気メーカー 6位のシャープが、同 9位であるパイオニアの筆頭株主になった。液晶テ
レビの雄がプラズマテレビ陣営の一角と手を結んだ。業績が低迷するパイオニアの、買収防衛策の意味合いもある。パイオニア経営陣にとって、ケンウッドと共にオーディオ御三家と云われたサンスイが、海外資本によって迷走していたことが、脳裏をかすめたかも知れない。パイオニアの安定株主は約 20%と云われ、シャープが取得した 14%を加えると、
他社との合併や取締役解任などの、株主総会における重要事項決議の拒否権を確保する 3
分の1の議決権を有したことになり、企業防衛の狙いも達成できたことになる。
パイオニアではカーオーディオと共に、主力商品であるプラズマテレビは、品質における評価は高いものがあるが、高級機種に特化していることもあり、販売は苦戦していた。
資本力や技術革新のスピードで、企業間格差が顕著になってきた昨今、3期連続の赤字決
算で、生き残りを賭けて提携先を模索していた。
シャープにとってもパイオニアがもつオーディオ技術を、自社の大画面化した液晶テレビに組み込めるメリットは大きく、テレビシアターへの展開も視野に入ってくる。また、パイオニアの収益源となっているカーナビやカーオーディオ等の既存商品や、新規参入する液晶テレビにパネルを供給するメリットも大きい。
両社では役員の派遣や経営統合は否定しており、経営の独自性は維持するようだが、家電業界の荒波は高く、今後の業績よっては将来的には提携強化の気運が高まるかも知れない。

テレビの薄さを巡る競争が激化している。ソニーが有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)ディスプレイを搭載した 11型テレビを発表して注目を集めた。しかし、有機EL
や将来期待されているFED(電界放出型ディスプレイ)技術は、今後数年間はディスプレイ市場の主役にはなれないとの見方が多い。そこで、液晶陣営もプラズマ陣営も、共にテレビ市場における絶対的地位を確保しようと、大型投資に踏み切っている。
プラズマ陣営の雄である松下電器は、兵庫県・尼崎市に約 1800億円を投入して建設した
最新鋭の、パネル工場が昨年 6月に完成。 さらに隣接した場所にも約 2800 億円かけて、
プラズマでは世界最大級を誇る新工場建設を計画している。工場の生産性は 6年前の 5
以上に向上するという。大画面化する液晶に、コスト競争力で立ち向かう戦略である。
韓国ではソニー・サムスン連合が、約 2000億円かけて新工場を建設し、昨年 8月から稼
働した。こちらも大画面化を可能にする第8世代のガラス基板を採用している。
世界のテレビ業界で生き残れるのは、松下・ソニー・シャープの国内勢に韓国サムスンだけ
との声も聞かれる。手を緩めれば敗者となる過酷なチキンレースが始まっている。
中村邦夫前社長の改革で、創業者・松下幸之助の呪縛から逃れた松下電器は、VHSビデオ以来ヒット商品が不発で、手を焼いていたビクター(既号85.忠犬ニッパーと松下幸之助)を、ケンウッドと経営統合させた。同族経営で業態改革が遅れた三洋電機は、ゴールドマン・サックスや三井住友銀行など、金融機関主導で再建を進めており、業界下位メーカーの再編が進んでいる。大手メーカーにおいても、多くのグループ企業を抱えながら、業績が伸び悩んでいる日立製作所と、NECの動向が最大の注目を浴びている。
一方、三菱電機(既号111.進路は我が道)は家電事業を縮小し、メカトロニクス企業として堅調な業績を続けている。東芝も事業の選択と集中を推し進め、原子力大手の米ウェスチング・ハウス社の株式51%54億ドルで取得し、さらにウェスチング・ハウス社が仏・原子力エンジニアリング会社のアステア社を買収するなど、原子力関連では世界最大手に名乗りを上げた。 また、子会社の東芝不動産が所有する銀座・東芝ビルを 1600億円で売
却し、ソニーの最先端半導体工場を買収。フラッシュメモリーを生産する三重県・四日市に、世界最大級の半導体工場を建設するなど、重点事業には積極的に巨額投資を展開している。電機業界のサバイバル競争はヒートアップしており、再編のうねりも当分の間止みそうもない。

昨年 12月、シャープと東芝は液晶パネルと半導体分野における事業提携を発表した。
提携は両社の企業価値向上と、収益率向上、競争力強化を図るためとしている。今年からシャープはテレビ用液晶パネル・モジュールを東芝に供給し、東芝は液晶テレビに使う画像処理を含めたシステムLSIをシャープに供給する。液晶と半導体の両社が持つ世界最先端のコア・テクノロジーを相互供給することで、激動のテレビ業界を制する戦略である。
東芝は今回の提携により、2009年度に製品化する計画だった有機ELテレビの、生産を見送った。シャープの液晶は薄さ・重量・画質・寿命・低消費電力などに、優れた性能を有していることを東芝が認めた結果である。
東芝はキャノン(既号37.ブランドとは「信頼」)と共同で量産する予定であったSED(表面電界ディスプレイ)が、キャノン側の特許取得問題で頓挫し、日立や松下と組んだ液晶パネルの合弁会社・IPSアルファテクノロジも不協和音の渦中にあり、ディスプレイの調達に苦慮していたが、今回の提携で撤退することになろう。東芝はテレビメーカーとしても、ブラウン管時代から高い技術力と画質には定評があった。デジタル家電におけるシステムLSIは、コア・パーツとして不可欠である。東芝は通信と放送の技術を持ち、映像技術やIP技術などを合わせた総合力では唯一の企業でもある。世界でトップクラスのシェアを持つシャープに、システムLSIを供給すれば、工場の安定した稼働率向上や、量産によるコストダウンなどのメリットは大きい。
一方、シャープも最先端のプロセスを持つ半導体メーカー東芝と組み、システムLSIを長期契約で安定的に調達できる意義は大きい。シャープはシステムLSIを自社設計して、一部台湾のファウンダリーに生産委託をしていた。これを順次、東芝に切り替えていくという。また、液晶基板の東芝への供給も、東芝が世界に張り巡らせたテレビ販売チャンネルを活用できるメリットもある。両社が互いに強い分野に投資を集中させ、事業の強化を図ることで、成果を共有する関係を築こうとしている。提携の発表会見では「鬼に金棒だ」との表現まで飛び出した。現在のところ両社は否定しているが、今回の提携は両社の他分野へ波及する可能性も秘めている。
シャープは世界で初めて液晶を作り、液晶で最大規模のメーカーとなり、液晶を一つの事業から大きな産業へと発展させた。堺市に建設するコンビナート計画は、社運を賭けた大勝負でもある。




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