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世界一軽くて薄い服地「天女の羽衣」が、パリやミラノのファッション界にフワリと舞い降りた。肌触りが絹のように滑らかで、表面は水面が波打つような光沢があり、手に取ると生地がフワリと浮く感じがする。1㎡の重さは普通の生地なら数百グラム、軽いと言われる生地でも40~50グラム、それが天女の羽衣の重さは10グラムしかない。最近はさらに軽い超々極薄の5グラムの生地を開発した。毛髪の五分の一と言われる極細のポリエステル糸を使用し、薄いことを売りにする生地でも数百マイクロメートルあるが、天女の羽衣は50マイクロメートルで、辞書の上に置いても文字がハッキリと読める薄さである。
開発したのは石川県・七尾市に本社を構える天池合繊で、能登地方の機屋に多い賃加工と言われる下請け仕事をやっている会社である。合繊王国と云われる北陸産地のなかでも、中能登地方は古くからナイロン・タフタ、テトロン・タフタ等を中心とする、いわゆる裏地の織物業が盛んだった。会社の創業は1956年で国内の合成繊維業界の黄金期であった。
その後、繊維業界では素材の用途開発は拡大を続け、スーツやブラウス、ジャケットなどの衣料品は勿論のこと、特殊な機能を持つスポーツウェアーや衣料用生地、車のエアバックに代表される産業用資材、さらにはカーテンや梱包用テープなどにまで及ぶ。最近では売り切れ続出で大きな話題となったのが、ユニクロ(既号161.世界ブランド「ユニクロ」)と東レが提携して開発した肌着「ヒートテック」シリーズ。この肌着は身体の水分を吸収し、素材が自ら発熱・保温をする画期的な機能を持った商品である。このように繊維素材は多方面に亘り技術開発が続けられている。
天池合繊も創業後は二度に亘るオイルショック、円高など様々な外的環境の変化が激しく、さらに織機の自動化や高度化など、経営環境は厳しいものがあった。3年前までの会社経営は、生地を1mあたり幾らで布を織り、工賃収入を得る下請け仕事が主体だった。二代目の現社長・天池源受(もとつぐ)が1981年に入社した頃は、安価な海外製品の台頭などで、同業者の倒産や廃業が目立ち始めた時期だった。2001年に父から経営を引き継いだ天池は、価格競争を避けるため、技術力を生かす方向へと経営を転換。スポーツ関連やUVカットの遮光カーテン、ラメ入りカーテンなどを開発。最近のヒット商品であるバイオランテープの開発。これは貼っても下地にある字が読め、手で簡単に切ることができ、水に強く、表面には字を書くこともできる特殊な梱包用粘着テープである。しかし、2000年以降は急増する中国製品に押され、会社も苦境に立たされていた。
危機感を募らせていた天池のもとに、大手メーカーから7デニールの糸が持ち込まれた。
用途はプラズマディスプレイ用で、産業資材の下請け仕事であった。見えないくらい細い糸を目の当たりにした天池は、この糸を生かせば会社を変えられると直感的に思った。
しかし、7デニールの糸を織る技術開発は、困難の連続であった。通常の機会では織ろうとしてもプツプツと切れてしまい、専用の織機開発が絶対的条件であることを痛感。
天池は自ら図面を書き、鉄工所に通い詰めて織機の改良を続けた。機械の開発コストがかさむ中、神経を磨り減らした開発担当者が3人も退社してしまうが、その窮地を救ったのは先代の頃からいるベテラン職人だった。高度な手仕事の技術を持つ職人を開発に参加させ、職人の経験則を最大限に生かしたことが完成に導いた。2年半に及ぶ苦闘であった。
完成の喜びも束の間、今度は糸を持ち込んできた大手メーカーが、倒産してしまった。その会社の原糸部門は他社に売却され、社運を賭けた開発が頓挫してしまった。当時の売上高2億5千万円の会社が、3億円もの設備投資をした後である。引くに引けなくなった天池は、原糸部門を買った会社に、糸だけは売って呉れるよう頼み込んだ。熱意が通じて糸だけは調達出来るようになったが、当初に予定していた産業資材の仕事は、契約の関係で断念せざるをえなかった。
切羽詰まった気持ちで呆然と織った布を見ていると、肌触りは絹のように滑らかで、光沢も美しかった。天池の頭に浮かんだのは、衣料用として自社で売り出すことだった。
それまでの天池合繊は下請け仕事一筋で、自社製品を持った経験がなかった。商品の売り方を知らない天池は、業界団体を訪ね歩き、手がかりを聞いて回った。苦心の末に商社を介してヨーロッパで、商品をPRしてみると十数社からサンプルの注文が入った。
手応えを感じた天池は2005年に、ミラノの展示会に出品する賭けにでた。だが、三日間の会期中に受け取った名刺はたったの6枚。国内業界の衰退と嵩んだ先行投資。天池は帰国する飛行機の中で途方に暮れた。「これじゃ帰るに、帰れん」
しかし、天池の切ない思いとは裏腹に、天女の羽衣はバイヤー達の心を掴んでいた。契約の関係で納入先は公表できないが、誰もが知っている有名ブランド2社と、展示会を契機に取引が実現した。実績は少しずつだが確実に積み上がった。フランスの有名ブランドのデザイナーが「今回のファッションショーは、この布に助けられた」と語った記事が業界紙に掲載された。2006年の展示会では、ミラノで受け取った6枚の名刺の一社、アルマーニ(既号131.モードの帝王)のイタリア人バイヤーが「また商品を出してくれて有り難う」と声を掛けてきた。やがて、ヨーロッパで注目された話題は国内に伝わり、東京のアパレル関係者は、七尾まで日帰りで足を運び始めた。もちろん、国内の繊維業界でも高い評価を得るようになった。
最近になっても国内繊維業界は、米国発の世界同時不況で深刻なダメージを受けている。
天女の羽衣は天池合繊を飛躍させる大きな可能性を秘めているが、課題は一般消費者への浸透だった。しかし、これも昨年暮れの紅白歌合戦で、小林幸子の衣装に使われたことで、認知度が格段に向上した。
衣料用では15デニールで極細と呼ばれるが、天女の羽衣はその半分以下である。これほど細い糸を織れる業者は、世界でも数社しかないと云われる。染色まで手掛けて衣料分野で展開しているのは天池合繊だけだという。世界の最新ファッションを伝える雑誌には、この生地を使ったアルマーニなどの有名ブランドの服が、頻繁に登場するようになった。
天女の羽衣は1m×1.5mのサイズで、数千円から一万数千円とシルク生地なみの高価格のため、現在は主としてオートクチュールと呼ばれる、高級注文服にしか使用されていない。
2005年の販売開始以来、国内外で行う展示会で、同社を訪れた企業は約300社にも上る。
一方では反響が大きかっただけに、社内体制が追いつかない面も多々ある。既製服分野の大きな取引が期待できる商談も入りつつあるが、生産体制作りが間に合わない状態である。
在庫管理などの仕組み作りなども必要で、課題も多く抱える。賃加工の下請け仕事が主体だったため、業界の商習慣やブランド名の勉強も、これからやらなければならない。海外での評価が高いことから、英語版のホームページも必要となり、フランス語のメールも届くようになった。全てをこれから立ち上げて行かなければならない。
現在の売上高2億3000万円のうち、天女の羽衣は約3000万円である。経営の柱は依然として工賃収入である。主力の下請け仕事は利幅が小さく、工場は3交代で24時間稼働させている。工場を止めるのは盆と正月だけで、それ以上休んだら経営が成り立たないという。
能登の片隅で約50人の従業員と共に、二代目社長は夢に向かって世界を相手に挑戦が続く。
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