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香水は体臭を消すだけでなく、その人の印象やキャラクターをイメージアップさせるアイテムでもある。香水と云えば女性のために取り上げられることが多いが、男性にとっても男磨きのグッズであり、デパートなどでは男性用にも多彩にディスプレイされている。
女性の化粧品売場では、ユニセックスの香水が並べられており、女性が男性へのプレゼント用に買うことも多いそうだ。加齢臭の影に怯えているお父さん達も、TPOにあった香水を積極的に身につけ、周囲にさりげなく爽やかさをアピールするのも、仕事の効率アップには欠かせない心遣いだろう。このようなビジネスシーンにおいて「アクア・ディ・パルマ」の、オーデコロンが人気を呼んでいる。シチリア産の柑橘系フルーツに、ラベンダーやローズマリーなど、自然のエッセンスをミックスして造られており、柑橘系の爽快感が漂う。男女ともに好感度が非常に高い逸品である。
アクア・ディ・パルマの歴史は、今から約100年近く前までさかのぼり、イタリア・パルマの小さな香水工場から始まった。アクア・ディ・パルマが発表されるまで、人気のあった香水は全てドイツ製で、香りの強い複雑な配合であった。それに対しアクア・ディ・パルマは、柑橘系果物のような爽やかな香りを放ち、フレッシュエアーのような感じだった。違和感のない清々しい着け心地が評判を呼び、1930年代になるとオーデコロンでは、圧倒的人気を勝ち得るようになった。
アクア・ディ・パルマ・コロニアは、シトラス系のユニセックスの香りが、男性からも女性からも好まれ、時代や流行を超えて多くの人達に支持されてきた。アクア・ディ・パルマが常に流行から遅れることがないのは、香水は完全に手で蒸留し、パッケージは熟練した職人の手によって造られる製法にある。現在でも脈々と製法は受け継がれており、こだわりのある真の手法が今日を築き上げてきた。
ハリウッド映画が全盛の頃、スター達にも熱烈なファンが数多くいた。愛用者にはケーリー・グラント(既号219.20世紀最高の高層ビル)や、ディヴット・ニーヴンなどのスター男優。エヴァ・ガードナーやオードリー・ヘップバーン(既号116.スクリーンの妖精と衣裳)などのスター女優。それにラナ・ターナーが、大のお気に入りだったのは有名である。
ラナ・ターナーほど、スキャンダルにまみれたキャリアを、歩んだ女優はいないかも知れない。バンドリーダーで有名なアーティー・ショーや、富豪のヘンリー・トピングなど、生涯で7人の相手と8度の結婚をした(ステフェン・クランとは2度)。ほかにもハワード・ヒューズやタイロン・パワー、ロバート・テーラーなど数多くの有名人と浮名を流した。しかし、彼女の結婚・離婚や恋愛ゴシップは、驚くにあたらない。世間に最も衝撃を与えたのは、娘チェリルがラナの愛人ジョニー・ストンパナトを刺殺した事件だった。しかも、この愛人はマフィアの元ボディガードだったと云うから、世間は話に飛びついた。女盛りを過ぎた中年女優と、ヒモのようなチンピラマフィアの組み合わせの妙。チェリルは正当防衛で無罪となるが、ラナは法廷の証言台で映画さながらに悩み苦しむ母親を熱演した。57年に公開された「青春物語」は、同じようなセックス・スキャンダルを扱った作品で、ラナ自身が思春期の娘との葛藤に悩み、苦しむ母親を演じていた。ラナの演技はアカデミー主演女優賞にノミネートされるほどだったが、興行的には不調だった。しかし、58年に偶然起きた事件が話題を集め、公開中の映画は空前の大ヒットとなった。スター女優として下り坂だったラナは、この映画でドル箱スターに返り咲いたのだった。
ラナ・ターナーは1920年に米・アイダホ州で生まれた。9歳の時、父はギャンブルで大儲けした後、帰り道で強盗に襲われ殺された。その後も複雑な家庭環境の中で育っていく。15歳の時に学校をサボって、近所のドラッグストアでコーラを飲んでいるところを、スカウトされ、37年にワーナーと契約した。その後、MGMに移籍するが、デビュー当時のラナは、とても可愛い美少女で、MGMもトップスターに育てようと力を入れていた。劇中ではセーターを好んで着ていたことから、セーター・ガールの愛称で親しまれ、戦時中はピンナップ・ガールとしてGI達の憧れだった。いわゆる隣にいる可愛い女の子的魅力で人気を集めていった。現在でもヤフー・オークションなどで、ファッション・ハリウッド・ロイヤリテイ“ラナ・ターナードール”として、1/6スケールの人形が売られており、オートドールの2008年5・6月号でも、ラナ・ターナードールが表紙を飾っている。
46年に3度目の映画化となった「郵便配達は二度ベルを鳴らす」では、官能的なヒロイン役を演じた。愛人をそそのかして、自分の夫を殺させる悪女を演じ、MGMのドル箱スターとなる。50年代になると人気は衰え、20世紀フォックスを経て、ユニバーサルへ移籍。移籍第二弾の「青春物語」で復活。これが契機となって「悲しみは空の彼方に」「黒い肖像」など、ラナは立て続けに堪え忍ぶ母親役を演じることになった。ラナの母親役は、日本の母ものドラマのように、ぬか漬け臭いものではなく、反抗期の我が儘な子供を持つが、セレブなご婦人という華やかな役ばかりであった。なかでもラナの母もの映画の逸品は、何と云っても66年に公開された「MADAME X」(邦題名:母の旅路)であろう。
『ホリー(ラナ・ターナー)は名門の富豪クレイ・アンダーソン5世と結婚。豪邸に到着したホリーを迎えたのは、社交界の花形でもある姑エステルだった。ホリーとクレイは愛し合い、可愛い息子クレイ6世にも恵まれた。彼が政治に熱心過ぎることに少し不満だったが、それ以外は全てが幸せだった。しかし、次第に夫の政治活動が忙しくなり、不在の日々が増えていく。そんなときに、友人のパーティに招かれ、名うてのプレイボーイであるフィル・ベントンと知り合う。ホリーは寂しさを紛らわすために、フィルと逢瀬を重ねるうちに、不倫の関係を持つようになってしまった。だが、最初から嫁のホリーを快く思っていなかった姑エステルは、そのことを気づいていた。
やがて、夫の栄転が決まり、ニューヨークへ移り住む事になった。これを機にホリーは、フィルとの関係を清算するため、フィルの屋敷に行った。心変わりをなじるフィルと、揉み合いになり、謝って階段から突き落とし、フィルを死亡させてしまう。パニック状態となって帰宅したホリーを待っていたのは、私立探偵を雇ってホリーの一挙一動を監視していた姑エステルだった。すでに証拠隠滅も手配済みで、ホリーはアンダーソン家の嫁には相応しくないと糾弾し、夫のキャリアや息子の将来のため、家を出るよう迫った。用意周到の姑エステルは、偽名のパスポートとスイスへの航空券をホリーに渡し、二度と家族の前に姿を現さないことを誓わせた。空港へ向かう途中で手にした新聞には、政界名士の妻ホリー・アンダーソンが海難事故で死亡し、遺体が未発見であることが報じられていた。
スイスで新たな生活を始めたホリーだったが、夫や息子への思いは募るばかりであった。ヨーロッパ各地を放浪したホリーは、寂しさを紛らわすためアルコールに溺れてゆく。
それから20年後、メキシコの安宿で荒れた生活を送っていたホリーに、近づいてきたのがペテン師サリヴァンだった。ホリーの素性を調べ上げていたサリヴァンは、彼女をネタにアンダーソン家を脅迫する計画を立てていた。それを知ったホリーは、サリヴァンを射殺し、殺人の現行犯で逮捕される。ホリーは夫や息子の事を思い、警察の取り調べでは名前すら云わず、一切口を閉ざしたまま死罪を懇願する。やむなく調書の名前欄には、マダムXと書かれていた。そんなホリーを担当することになった法定弁護人が、成人した最愛の息子クレイ6世だった。母親とも知らない彼の弁護は、マダムXを有利に導こうとしていたが、弁護人が自分の息子と知ったホリーは、心臓発作を起こして急死してしまう。』
ラナは自分自身がスキャンダラスであることを知るが故に、アクア・ディ・パルマの清楚で爽やかな香りに憧れたのかも知れない。また、ファンにとってはラナの心と身体が、対極になっているアンバランスが、この上ない魅力に写ったのであろう。95年に長い闘病生活の後、ガンに蝕まれて死去。享年75歳だった。
アクア・ディ・パルマは1998年に、有名ブランドショップが立ち並ぶ、イタリア・ミラノのジェズ通りに、自らのショップ一号店をオープン。その後は人気が人気を呼ぶ相乗効果で、世界の高級百貨店に展開されるようになった。世界各国のセレブや、高級・高品質志向のファンからは、圧倒的な人気を集めている。日本でも有名百貨店で取り扱っており、伊勢丹・新宿店のメンズ館では50mL瓶が11550円より販売されている。また、最近ではウェッブショップでも大変な人気となっており、「ブルーメディテラニオ」のシリーズは7770円。「コロニア トラベルスプレー」は7980円。「コロニア アッソルータ イン オーデコロン」は13020円。「コロニア アッソルータ イン ヴィラ オーデコロン」は20580円などで販売されている。アクア・ディ・パルマは、2003年にLVMHグループ(既号16.LVMHの5バリュー)に加わり、国際的に高級品市場でのブランドを確立した。
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