ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 157

☆ 1億円の映画衣裳☆

2007.07.03号  

 昨年12月6日の英BBC放送の速報記事によると、映画「ティファニーで朝食を」(既号140.ホリーのお気に入り)の撮影用に、故オードリー・ヘップバーンのために作られた黒のドレスが、5日にロンドンで競売にかけられた。オークション会社クリスティーズが主催する競売で予想を大幅に上回る41万ポンド(約9300万円)で落札されたと報じた。手数料を含めた最終価格は、46万7200ポンド(約1億600万円)で、クリスティーズによると映画衣裳としては過去最高額だった。落札者は電話による参加で、身元は明かされていないとのことである。このドレスは映画の冒頭部分で、主人公ホリー役のオードリーがニューヨークの高級宝石店ティファニーの前で、タクシーを降りてショーウィンドーを覗き込むシーンを、撮影するために用意された3着のうちの1着だった。出品が発表された昨年7月時点で、落札価格は5万から7万ポンドと予想されていた。ドレスは制作したデザイナーのユーヴェルド・ジパンシー(既号116.スクリーンの妖精と衣裳)から寄付を受けたインドの慈善団体関係者が出品し、売上はインドの貧しい子供達を支援する団体に贈られる事になっていたという。また、今年の5月31日の新聞記事では、30日に同様のオークションがニューヨークで行われ、今度はピンクの衣裳が19万2000ドル(約2300万円)で落札されたと報じた。こちらのドレスも同映画の中で、ホリーがパーティーから自宅に戻り、フレッドの死を知るシーンで着用されたモノだった。ヨーロッパのバイヤーが落札したとの事だが、根強いオードリー人気を裏付けるオークションだった。

 この映画は61年に公開された。この頃は「スクリーン」や「映画の友」(後年廃刊となった)などの映画雑誌で、エリザベス・テーラーや、ソフィア・ローレン、クラウディア・カルレナーデなどといった、グラマラスな女優の写真が溢れていた。そのなかにあってオードリーは、スレンダーで清楚な気品を漂わせる妖精のようであった。「ローマの休日」においても、表情は優雅で気品に溢れ、ファッショナブルにスクリーンを彩るなか、清潔感のある無邪気なしぐさが印象的で「スクリーンの妖精」と呼ばれて絶賛された。スタイルが良いと云われる人は、総じて二の腕から肩、背筋のラインが美しい。まさにオードリーがそうである。幼少の時にロンドンの寄宿学校で、バレエの道へ情熱を燃やし、バレリーナを目指したこともあった。その時の厳しいレッスンが、オードリーの原点にある。チョット華奢なイメージが、男性ファンにとっては、たまらない魅力なのだ。オードリーが映画のなかで着る衣裳は、背中と二の腕を強調するデザインが多く、「ローマの休日」では折りあげた半袖のブラウス。「麗しのサブリナ」では肩の部分を紐で結んだ黒いドレス。「昼下がりの情事」で着ていた小花模様のワンピースも、ボートネックの襟と、ウェストに付けられたリボンに、背中のラインを可愛く魅せる工夫が凝らされていた。「ティファニーで朝食を」の冒頭にある印象的なバックスタイルもそうであった。「ローマの休日」の衣裳を担当し、アカデミー衣裳デザイン賞を得たイーディス・ヘッド(既号142.ハリウッドの裏方)。「麗しのサブリナ」から以後の、オードリー映画で数多くの衣裳を担当したジパンシー。二人のデザイナーは共に、オードリーの魅力を最大限に引き出すことに成功した。

 オードリーとジパンシーの出会いは、「麗しのサブリナ」の衣裳を誂えるために、オードリーがジパンシーのメゾンを訪れた事から始まった。連絡を受けたジパンシーは、同姓の大女優キャサリン・ヘップバーン(既号75.ドイツの伯爵夫人)だと思いこみ、緊張して待っていたところ、「ローマの休日」がヒットしたとはいえ、女優としては未だ駆け出しのオードリーが訪ねてきて、驚いたというエピソードが残っている。キャサリンはアカデミー主演女優賞を、12回ノミネートされ、最多の4度受賞をしている名女優である。映画を通じて知り合ったオードリーとジパンシーは、ビジネスを超えた友人関係を築いていった。出会いから6年後の57年、ジパンシーはオードリーのために、初めて香水を創り、ジパンシー社のブランドで販売しようとした。オードリーのイメージを彷彿とさせる可憐で清楚なフローラル系の香りだ。ジャスミンやローズ、イランイランが放つふんわりとして気品のある、それでいて芯の強さが感じられる名香である。オードリーは、この香水が大のお気に入りとなり「私以外の人は、使っちゃダメ」と言ったとか。このことから商品名は「ランテルディ」と名付けられた。ランテルディとはフランス語で禁止の意味で「私以外は、使用禁止」と、おねだりしたと伝えられている。現在、この香水は販売されていないが、発売50周年を記念して、今秋には復刻版が発売されるという。

 93年1月20日、世界中に悲しいニュースが伝えられた。オードリーが結腸ガンのため63歳で逝去したことが伝えられた。惜しまれる早い死は、妖精を天使にしてしまった。現在でも幅広いファン層を持ち、写真展などのイベントが時々開催されている。オードリーが映画界に残した足跡も素晴らしかったが、晩年のボランティア活動にも感動させられるものがあった。ユニセフ親善大使として世界中を、難民の子供達のために駆け回っていた。TVCMなどでソマリアの難民救済に、活動している姿を多くの人達が見た。最初の夫であるメル・ファーラーとの息子であるショーンは、オードリーの意志を引き継ぎ「オードリー・ヘップバーン子供基金」のために「オードリー・ヘップバーン展」を世界各地で開催している。ショーンは次のように話している。「私の母の人生、キャリア、人道的活動などの軌跡を、見ることの出来る素晴らしい企画です。女優としてだけでなく、母そして一人の女性としての、素顔を含めた魅力の全てをご紹介します。そして、本展の収益の一部はオードリー・ヘップバーン子供基金と、ユニセフとの新しい事業“全ての子供達を学校へ”を支援するために使われます。この事業は世界1億2千万人の子供達に、質の高い基礎教育を受けさせる事を目的としています。本展で紹介される品々の選択には、何年も掛かりましたが、母オードリーの厳選された品々が、美しくディスプレイされております。日本での巡回展を始め、欧米を数年間掛けて巡回する予定になっています」と協力を呼びかけている。89年に公開され、オードリーの遺作となった「オールウェイズ」では、オードリーが「ハップ」という名で天使の役を演じていた。


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