英国をイメージさせるファッション・ブランドと云えば、誰しも答えるのがバーバリーであろう。創始者であるトーマス・バーバリーは、1835年に英国のサリーナ州・ブロッカムグリーンで生まれた。日本では徳川家斉が、第11代の将軍職を勤めていた、天保年間の頃である。トーマスは小学校を出ると、生地屋で働くようになり、農民や羊飼い達が服の上に、汚れを防ぐために羽織る上着に興味を持った。この洗いやすくて肌触りが良く、そして冬暖かく夏涼しい生地が、ビジネスになると考えた。トーマスは1856年にロンドン西南にあるベイジングストーンで洋服店を開業した。そこでトーマスは、布に織る前の綿糸に独自の防水加工を施し、細かく織りあげた後に、再び防水加工をすることで、耐久性・防水性に優れた画期的な新素材「ギャバジン」を考案した。名前の由来はスペイン語で、巡礼者の着る上っ張りを意味する「ガバルディナ」だと云われている。この生地は1888年に特許を取得し、バーバリー・ブランドが、その後の隆盛を誇る礎となった。
1911年には人類史上初めて南極点に、到達したノルウェーの探検家アムンゼンも、ギャバジン素材の防寒着を着用していた。1914年に第一次世界大戦が勃発すると、この素材のコートを英国陸海軍がトレンチ・コートとして正式採用。戦争では塹壕(トレンチ)で戦闘が繰り広げられることから、タイロッケン(紐で固定する意味)・コートに改善を加え、水筒・手榴弾・剣などを吊り下げるD字型金具を留め金として使用した。これがバーバリー「トレンチ・コート」の原形となり、大戦では約50万人の兵士達が着用したと云われる。この品質とファッション性が、大戦後に英国内外に伝わり、バーバリーは英国を代表する世界的なブランドとして認知された。第一次世界大戦で日英同盟を結んでいた友好国・日本には、1915年にインポート商品として、丸善がレイン・コートの輸入を開始している。1919年にはジョージ五世から、コート・ジャケット部門で英国王室御用達認定書(ロイヤルワラント)を授与される。のちにウィンザー公として知られるエドワード八世も、厚地の大きなコート「グレート・コート」の、デザインを承認し使用人に着用させた。
50年にはジョージ六世からも、防寒着としてロイヤルワラントを授与され、55年には女王エリザベス二世から、89年にはチャールズ皇太子からも改めて授与されている。バーバリー・ファンにはお馴染みの、騎手と馬のモノグラムも英国王室から授与されたものだ。
この間、24年にコート裏地として「バーバリー・チェック」がデザインされた。当時の英国では、ウィンド・ベーン(窓ガラス)と云われる、大きめの格子柄が流行していたが、公募により「カントリー・タータン」と呼ばれる柄から、アレンジされたデザインが採用された。このデザインがコートの裏地以外で最初に使用されたのは、67年のパリ・コレクションで発表された傘だったという。以来、マフラーやスカーフなどの小物からバッグや服など、多くのファッション・アイテムに、カラー・バリエーションを加えて使用されており、今ではバーバリーを象徴するデザインとして、世界中で愛用されている。世界の生産基地としての、中国の台頭は凄まじく、特にアパレル業界では中国の縫製工場が無いと、成り立たない状態である。世界にある多くの有名ファッション・ブランドが、生産拠点を中国へシフトしている。この流れは英国の名門ブランド、バーバリーにも、止めることは出来なかった。
昨年の3月末、ウェールズ南部にあったバーバリーの工場が閉鎖され、英国内に大きな波紋を広げた。一昨年の9月に工場閉鎖が発表されて以来、英国を代表する高級ブランドが、「メイド・イン・チャイナ」になるのは許し難いと、抗議のうねりが高まった。工場閉鎖で300人が解雇されるため、映画界やファッション界も立ち上がった。ウェールズ出身の俳優リス・イファンズは、「自分の持つバーバリーは全て燃やしてしまう」とまで発言。
何年も広告塔的役割を続け、バーバリーの顔とも云えるケイト・モスまでもが、工場閉鎖の撤回を求めるストライキを提唱した。彼女は南ロンドン・クロイドン出身のファッション・モデルで、05年には画家のルシアン・フロイドが描いたヌード肖像画が、390万ポンド(約7億7千万円)の値がつくほど、超人気のモデルである。薬物スキャンダルでバーバリーの広告から降ろされたが、彼女を擁護するデザイナーのアレキサンダー・マックイーンやモデル達、大物編集者達が次々と声を上げカムバックを果たした。勿論、バーバリーの広告にも復帰。英国コスメティックメーカー・リンメルのイメージ・キャラクターになった時には、日本でもTVCMに登場し、キャンペーンで来日もした。昨年にはハイストリートブランドである「Topshop」と、コラボした「Kite moss For Topshop」というコレクションを発表。当日は買い物客が殺到して、入場制限や販売制限されるほどの反響だった。アメリカでも発売早々に完売。フランスでも高級セレクトショップ・コレットだけが扱う、超人気アイテムである。日本でも唯一、原宿のTopshop直営店で販売された。
このような影響力のある人達が、工場閉鎖に反対の声を上げたため、バーバリーも世論を鎮めようと躍起となった。人事責任者も「工場閉鎖は辛いものだった。職を失う従業員への影響を、できるだけ少なくするよう転職の斡旋や、技術訓練の協力を惜しまない」との声明を発表。営業責任者も「バーバリーは英国民とビジネスに投資することで、心から英国に尽くしている」と弁明。さらに「この数年で従業員は30%以上も増えた。クローバル化の流れに乗り、英国に繁栄をもたらす英国のビジネスとして、発展して行かなければならない」と理解を求めた。
世界市場での競争力確保か、国家のプライドか、王室御用達ブランドだけに悩みは深い。「バーバリー・コート」と称されるアイテムは、シャーロック・ホームズを書いたアーサー・コナン・ドイル、英国元首相ウィンストン・チャーチル、米元大統領ジョージ・ブッシュ、アカデミー主演女優賞を、最多の4度も受賞しているキャサリン・ヘップバーンら、数々の著名人達が愛用していたことでも有名である。
現在のデザイナーは英国生まれのクリストファー・ベイリー。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート卒業後、ダナ・キャランの下でキャリアを積み、96年からはグッチ(既号127.ブランド商品の元祖)のシニア・デザイナーとして活躍。02年よりバーバリーのデザインを手がけるようになった。
日本では70年に三陽商会がライセンス商品の製造・販売権を取得。96年には日本独自の企画として三陽商会によって「バーバリー・ブルーレーベル」をスタート。ターゲットは18歳から25歳の女性で、デザインは「もし、ジャクリーヌ・ケネディやオードリー・ヘップバーン(既号116.スクリーンの妖精と衣裳既号140.ホリーのお気に入り既号157.1億円の映画衣裳)が、現在20歳だったら何を選ぶか」とのコンセプトで開発した。
バーバリーの伝統にトレンドをミックスさせたクラッシック・スタイルを表現。パブリシティーも考慮し、アクセントにバーバリー・チェックを用いて、ブランド・イメージのリニューアルに成功。安室奈美恵らが着用したことで、爆発的な人気を得ることになった。
英国では91年から、創始者の名前に由来した新ブランド「トーマス・バーバリー」がスタート。コンセプトは「バーバリーの新しい普段着」だと云う。日本では98年より展開された。又、この年には25歳から35歳の男性向けブランド「バーバリー・ブラックレーベル」を展開。00年からはキッズ向けに「ベビー・トドラー」も投入された。
00年12月に国内初の旗艦店「バーバリー銀座店」をオープン。04年4月には「バーバリー表参道店」(既号45.ブランドが地価を押し上げる)をオープン。そして昨年11月に国内3番目となる旗艦店「バーバリー・ストア」を、東京丸の内・新東京ビル1Fにオープンした。インポートのコートや雑貨類、日本独自の「ブラック・レーベル」ブランドを扱う。ライセンス品として「バーバリー・ロンドン」の紳士服・婦人服、アクセサリーに時計や眼鏡なども扱っている。
現在、バーバリーのロゴは二つ存在するが、「Burberry’s」は00年以前、それ以降は「BURBERRY」に統一されている。バーバリーは150余年の歴史と伝統を大切にしながらも、時代の先端を行くモード性も加え、気品溢れるファッションを展開。最近のバーバリー・ブランドは、21世紀の現代的な英国イメージを強力に発信している。
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