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GAPは1969年にアメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコで、ドナルド・フィッシャーと妻ドリス・フィッシャーが創設した。創業の頃はリーバイス(既号223.若者達のジーンズ )を始めとするジーンズを取り扱う専門店としてスタート。様々なサイズや型を取り揃え、巧みな接客術で顧客を獲得していった。成長にともないジーンズだけでなく、衣服、子供服、アクセサリーなどラインナップを増やしていった。経営のコンセプトを「クリーン、オールアメリカン、シンプル、グッドデザイン」の四つに絞り込み、ベーシックなデザインを基本とした。そこにシーズンによってはトレンドを適度に取り入れ、高いデザイン性に変化をもたらす手法が、顧客から大きな支持を得る。1976年には株式公開し、ニューヨーク証券取引所及びパシフィック取引所に上場。1983年にはバナナリパブリックを買収。1991年には他社製品の取扱を止め、自社のオリジナル商品に絞り込んだ。GAPの急成長は、ライフスタイル提案型のビジネス・モデルにある。コマーシャルではミュージシャンやダンサーを起用して、自社製品の枠を超えたライフスタイルを提案し、着ることへの喜びや楽しみなど、イメージに訴えたCMや公告を実施。カントリー歌手のボブ・ディランとも、コラボレートするなど革新的な、CMまで展開した。さらに、GAPはカジュアル・ウェアー業界に、SPAという手法を取り入れ、業界のシステムに一つの潮流を創り出した。
バナナリパブリックは1978年にカリフォルニア・ミルバレーで、メル・ジグラーと妻パトリシア・ジグラーが創業したアパレル・ブランドである。現在はオリジナル・ブランドを展開し、カジュアル衣料最大手のGAPが運営している。創業当初はサファリ系ファッションを扱うブランドとして急成長。店舗のショーウィンドーにはアフリカのサファリを彷彿とさせるように、実際に生息する植物などでデコレーションを施していた。1983年にGAPの傘下に入り、1980年代後半あたりからは、サファリ系ファッションが衰退したこともあり、カジュアル・ウェアーやジュエリーなどのアイテムを取り扱うようになった。デザインも次第にラグジュワリー的な傾向へとシフトさせていった。1996年からはホームウェアーやアンダーウェアーなども取り扱い、シューズやギフト商品にまで、取り扱いアイテムの幅を広げていった。2001年にはロイヤル・カレッジ・オブ・アート出身のデボラ・ロイドがクリエイティブ・ディレクターに就任。2003年には初めてのランウェイショーも開催し、親会社のGAP製品よりワンランク上の路線を打ち出している。2005年には北米以外では初の海外進出として、東京・六本木に旗艦店をオープン。昨年はブルックスブラザーズ(既号218.ネクタイのセールスマン)で活躍したサイモン・ニーンがクリエイティブ・ディレクターに就任。現在は世界で400店舗以上展開している。
日本の産業分類においては「製造小売業」というのは、基本的に存在していなかった。街中で良く見かけるパンを焼きながら売っているお店も小売業。何某テーラーなどの洋服仕立屋さんも、小売りする衣料品を仕入れた布地から、顧客の体型に合わせてデザインして裁断縫製しているが、それでも衣服に仕立てて販売しているとして、小売業に分類されているのが現状である。公的文書(京都下水道局生活関連業種料金減免処置についての文書)において「豆腐製造小売業」などと表現されているのは稀な事例である。1986年にはGAPが、SPA(Specialty Store Of Retailer Private Apparel)と、自ら定義したという用語は「独自のブランドを持ち、それに特化した専門店を営む衣料品販売業」とし、製造小売の業態を提唱。衣料品業界で商品企画・製造・物流・小売を一体化して行い、販売の最前線である小売店舗で、顧客の趣味趣向や売れ筋情報、死に筋商品などの在庫情報を即座に把握し、商品企画や製造部門にフィードバックされる。従来のメーカーから卸問屋を経由した仕入販売とでは、情報のレスポンスに格段の開きがある。日本の衣料品業界の商習慣では、斬新な業態を指すものとして大きな注目を浴び、GAPの成功を見た日本の業界でも普及するようになった。これを真っ先に導入したのが、百貨店などの販売不振を尻目に、現在絶好調のユニクロ(既号161.世界ブランド「ユニクロ」)である。また、不振にあえいでいたワールド(既号76.業態転換)も、この業態を取り入れて甦った会社の一つである。福島県・いわき市に拠点を置き、地方のハンデを見事に跳ね返しているハニーズ(既号121.急拡大の仕組みづくり)も、SPA手法で急成長を遂げた。SPAとは単に製造販売していることでなく、優れたデザインと商品品質が高いこと、それに加え企画から販売までのスパーンが非常に短いということである。SPAを取り入れている世界の企業で、スペインのZaraはデザインから店頭に並ぶまでの、期間が14日と云うことで話題になった。スェーデンのH&M(既号217.ファスト・ファッションの雄)は20日と云われている。ZaraとH&Mは欧米ではファースト・ファッションと呼ばれている。つまり、ファッションショーでモデルが着た服を、14日から20日で店頭に並べると云うことである。これに比べてユニクロやハニーズは40日間と云われている。一方のGAPは世界で4000店もハンドリングしており、そのビジネスサイズと世界のトレンドを見極めての動きがネックとなり、90日を要していると云われる。
世界におけるカジュアル衣料品の雄は、何と言っても一兆五千億円規模を誇るGAPである。次にZaraとH&M、それにイギリスのトップショップが続いている。ユニクロのビジネスサイズは、概ねその三分の一である。それ故、ユニクロの柳井社長は早期に一兆円ビジネスを達成し、ユニクロ・ブランドが世界五強の一角に食い込まなければ、振り落とされる危機感を抱いている。また、ユニクロではフリースから始まり、最近のブラトップまで、ヒットしているのは機能性商品であり、世界の強豪とは一線を画す戦略を執っている。GAPは東京・銀座(既号130.世界最高級の街)に新店進出を発表。フランスのラグジュワリー・ブランドのコングロマリットLVMHグループが、銀座・数寄屋橋近くのヒューリッヒ数寄屋橋ビル(仮称)への出店計画を撤回したため、そこへGAPが大型店を出店することを決定。昨年9月にH&Mが銀座に進出し、銀座では過酷な激戦が展開される。GAPジャパンによると、新しい銀座店は2011年2月にオープン予定。大人から子供まで幅広い客層に提供できる商品を揃える。今年11月にオープン予定の東京・原宿店とともに日本市場の拠点とする。1995年に銀座・数寄屋橋阪急に、日本初のショップをオープンして以来、常に銀座と原宿で展開しており、同社にとって銀座は思い入れのある場所である。Zaraは2005年にH&Mを抜いてヨーロッパにおいて売上高NO.1となり、昨年の第一四半期にはZaraの親会社である、インディテックスがGAPを追い越し、その後も世界市場で積極的に店舗拡張を続けている。GAPはアメリカの消費者市場の不振を受け、売上低迷を続けていたが、銀座の新店舗を始めとして巻き返し戦略を着々と打っている。2007年にはパトリック・ロビンソンがデザイナーに就任し、上級副社長も兼務。ロビンソンは1990年に若干23歳でアルマーニ(既号131.モードの帝王)のデザイン・ディレクターに就任した経歴もある。アメリカを代表するブランドのアン・クラインやペリー・エリスなどでデザイン活動を展開。またディスカウント小売チェーンのデザインをするなど、幅広くデザインを手掛けることができるセンスが高く評価されている。GAPにおいてもZaraやH&Mを凌ぐセンスと、デザイン性を向上させることが期待されている。2008S/Sシーズンにはピエール・アルディとコラボレートし、シューズのカプセルコレクションを発表。GAPがシューズ・デザイナーとコラボレーションするのは初めての試みで、アルディのコレクションを1万円前後の価格で販売する。アルディは1988年にクリスチャン・ディオール(既号63.ディオールのシルエット)のシューズ・コレクションに携わることからキャリアをスタート。1999年には自らの名を冠したブランドを創立。同年にはエルメス(既号220.御すのはお客様)のメンズとレディースのシューズ・デザイナーに就任し、ジュエリー部門のクリエイティブ・デザイナーにも就任した経歴を持っている。世界の低価格ファッションは、ZaraとH&Mの戦いなってきており、ここ数年低迷していたGAPは、ブランド価値を高める戦略で、再び快進撃を続ける態勢を整えてきた。
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